六時の紙ボール
期末試験が終わった日の放課後、二年二組でドッジボールが始まった。
ボールは、返却された試験範囲表を丸めたもの。
最初は二人が投げ合っていただけだった。外れた紙ボールを誰かが拾い、別の誰かへ投げる。机を左右へ寄せる者が現れ、黒板に境界線が引かれ、気づけば十二人が教室の両側に分かれていた。
「顔はなし!」
「窓割るな!」
「紙で割れるか!」
私は鞄を背負ったまま、後ろの扉から見ていた。
入るタイミングがわからなかった。仲が悪いわけではない。ただ、こういう遊びは始まった瞬間に輪の中にいないと、その後ずっと外側になる。
帰ろうとしたとき、紙ボールが足元へ転がった。
全員が私を見る。
「投げて!」
どちらの陣地へ投げればいいのかわからない。
「どっち?」
「好きなほう!」
「好きな人に!」
「意味変わるだろ!」
笑い声に押され、私は一番近い男子へ投げた。
紙ボールは二メートル手前で落ちた。
「弱っ」
「今の練習」
「放課後に公式ルールはないぞ」
どこかで聞いたような理屈が飛び、私は鞄を置いた。
ルールは途中で何度も変わった。机に当たればセーフ。黒板消しを盾にしたら反則。先生の机の周りは聖域。外野へ出た人は、掃除用具入れの前から復活できる。
六時前には、残っているのは私を含め三人だった。
相手が最後の一球を投げる。
紙ボールは蛍光灯の下をゆっくり飛んだ。
私は両手を出した。
取れた。
教室が一瞬静まり、それから全員が机を叩いた。
「逆転!」
「今のはキャッチで一人復活!」
「そんなルールあった?」
「今できた!」
味方が全員戻り、試合は終わらなくなった。
下校放送が流れ、慌てて机を戻す。紙ボールを開くと、試験範囲の文字はしわだらけで読めなかった。
誰かが黒板の隅へ結果を書いた。
『二年二組 全員勝ち』
翌朝、先生に怒られて消された。
試験の点数はもう覚えていない。
けれど飛んできた紙を初めて両手で受け止めたとき、教室の全員が自分の名前を呼んだ声は残っている。
放課後の遊びに入るために必要だったのは、上手な投げ方ではなかった。
足元へ来た一球を、拾って返すことだけだった。