再生できない海
【映像チャンネル運営】
18:42 月城怜央
『岬の町、最後の夏』を削除しました。
18:43 舟橋遥
非公開じゃなくて削除?
18:44 高原惟月
バックアップは。
18:45 月城怜央
ない。映像もやめる。
三人が一年かけて撮ったドキュメンタリーは、再生数こそ少なかったが、地方映画祭の候補に残っていた。ところが撮影した漁師から、家族に見せたくない場面があるので全編消してほしいと連絡が来た。
18:48 舟橋遥
該当箇所だけ切ればいい。
18:49 月城怜央
切ったら、俺たちに都合のいい人生になる。
電話で怜央は謝罪より先に、なぜ今になって、と訊いてしまった。その一言が映像より消したかった。遥は取材なら必要な質問だと言い、惟月は友達なら遅かったと言った。怜央はどちらにも頷いた。正解が二つある場所で、もうカメラを構えたくなかった。
遥はテレビ局へ入る。「私は仕事で、切ってつないで放送する」
惟月は地元で小さな上映スペースを始める。「俺は消された映画の話もできる場所を作る」
怜央は倉庫管理へ進む。「俺は、撮られたくない人の前でカメラを下ろす」
18:55 舟橋遥
それも映像をやってきた人の選択だよ。
遥はそう入力し、送らずに消した。慰めは、続けさせるための罠に聞こえる気がした。
19:01 月城怜央
チャンネル管理者を遥に移した。
19:02 舟橋遥
次の動画、怜央抜きで出す。
19:03 月城怜央
見ないけど、出して。
〈月城怜央がグループから退出しました〉
削除済みの動画ページには、青い海を背に笑う漁師のサムネイルだけが残った。再生ボタンを押すと、〈この動画は視聴できません〉と表示される。
削除前についた最後のコメントは〈海の音が、祖父の家みたいでした〉だった。遥は画面を保存したかったが、怜央の決定を尊重して閉じた。惟月だけが文面を手帳へ写し、上映しない作品にも観客が一人いたことを残した。
惟月も遥も画面を閉じなかった。笑顔だけが再生されないまま、二人の既読の間に残り続けた。