冬服を返す日
借りたブレザーを返す期限を、私は半年延ばした。
十一月、図書室の冷房が壊れたように寒かった日、隣のクラスの人が貸してくれた。
「明日返して」
そう言われたのに、翌日は休み、その次の日は返す機会を逃し、気づけば私の家のハンガーに馴染んでいた。
本当は、返す理由がなくなるのが嫌だった。
廊下ですれ違えば、
「まだ持ってる?」
「洗ってる」
そんな会話ができた。
衣替え前日、さすがに返そうとクリーニングへ出した。
放課後、紙袋を渡す。
「遅すぎ」
「冬が長かった」
外は二十七度だった。
相手は袋からブレザーを出し、胸ポケットを確認した。
私はそこへ、小さな紙を入れていた。
『夏服になっても話したい』
読まれる前に逃げようとしたが、腕をつかまれた。
「これ、返却物?」
「忘れ物」
「返す?」
答えられなかった。
相手は紙を二つに折り、またポケットへ戻した。
「じゃあ、もう一回貸す」
「夏だよ」
「中身だけ」
ブレザーを私の肩へかけた。
暑くて、すぐに二人で笑った。
翌日、教室は夏服になった。廊下ですれ違っても、返す物はもうない。
私は何を話せばいいか分からず、目をそらした。
すると相手が胸ポケットから、昨日の紙を出した。裏に返事があった。
『返却期限なし』
その日の昼休み、初めて一緒に食べた。
会話は何度も途切れた。ブレザーの話を使えないと、意外に難しかった。
それでも、沈黙のたび逃げずに次の話題を探した。
秋になり、相手はあのブレザーを着てきた。
胸ポケットには何も入っていない。
「紙、どうしたの」
「家に置いてある」
「返さないの?」
「期限ないから」
借りた服は返した。
でも、その冬から始まった会話だけは、衣替えを越えて続いた。
それから何度も衣替えを迎えた。話題が尽きる日はあっても、返却期限の紙を思い出すと、どちらかが『次、何話す』と聞いた。沈黙も借りたままにしなかった。
夏服の胸ポケットには何も入らない日もあった。それでも、空っぽだから終わりだとは、もう思わなかった。