冷たい袋は布越しに
王都飛脚競技の前日、最速の配達人が階段を踏み外した。
足首はみるみる腫れ、靴紐が食い込む。監督は熱い石で揉みほぐし、「痛みを散らせば明日走れる」と命じた。
用具係ロザニアは石を取り上げた。
「今日は熱ではなく、冷たさを布越しに当てます」
氷袋をそのまま皮膚へ置こうとした助手の手も止める。薄い乾布で包み、腫れた足首へそっと当てた。砂時計を返し、二十分で外す。
開始前、足首の周囲へ糸を一周させると二十六寸。
二十分後、同じ位置は二十四寸半。
配達人は歯を食いしばらずに足を台へ乗せられた。痛みは十段階の八から四。走れるかと聞く監督へ、ロザニアは首を振った。
「明日は休ませます。今日無理をして一月失うより、数日で戻す」
監督は怒ったが、治療師が糸の印と皮膚を確認した。
「直接氷を当てず、時間を区切ったのがいい。熱石で揉んでいれば腫れは増えていた」
翌日の競技には代走が出た。最速の配達人は走らなかったが、三日後には支えなしで歩き、七日後に短距離訓練へ戻った。昨年、同じ捻挫を熱石で揉んだ選手は三十六日休んでいる。
飛脚組合長は勝敗より休業日数を見た。冷却袋一つは銀貨二枚。配達人一人の一日分の売上は銀貨十五枚。計算は一息で終わった。
ロザニアは使用後の皮膚も確認した。直接氷を当てたときに出る白い痕や感覚の鈍りはない。二十分使い、二十分休ませる札を袋へ縫いつけたため、熱心な監督が一刻も置き続けることも防げる。選手本人は競技を休む決定に不満を言ったが、開始前より一寸半短くなった計測糸を見て黙った。痛みを隠して走らせるより、戻る日を数字で早めるほうが勝ちだった。
組合長は前年の捻挫記録を開いた。熱石で揉んだ選手の休業は三十六日。今回を治療師の見積もる七日に抑えれば、失う賞金より守れる配達売上が六倍多い。帳簿上でも、休ませる判断が勝っていた。
その場で全支部へ冷却袋三百個が発注された。
監督の机には、ロザニアの新しい辞令が置かれる。
『飛脚組合傷害予防主任』
明日の競技より、百人が次の月も走れることを選んだ任命だった。