凍った給湯管
越智尚弥は、朝五時に逃げるつもりだった。
家賃を二か月滞納し、消費者金融から電話が続いている。管理役に話せば退去を求められると思い、荷物をリュック一つにまとめた。
玄関へ下りると、台所で滝沢界人が床を拭いていた。寒波で給湯管が凍り、継ぎ目から水が漏れている。
「出かけるなら、先に止水栓を押さえて」
「急いでる」
「こっちも急いでる」
尚弥はリュックを背負ったまま、流しの下へ潜った。界人が屋外の元栓へ走る。水は止まったが、管内の氷を溶かさなければならない。
ドライヤーを弱風にし、タオルを巻き、ぬるま湯を少しずつかける。急に熱すると破裂する、と界人は何度も言った。
「借金も同じか」
尚弥が漏らした。
「何が」
「一気にどうにかすると破裂する」
「うまいこと言った顔するな」
界人は笑わず、濡れたタオルを替えた。沈黙のあと、尚弥のリュックを見た。
「その荷物、仕事?」
「旅行」
「真冬に着替え一枚で?」
「詮索すんな」
「じゃあ、管を押さえろ」
六時過ぎ、氷が動く音がした。蛇口から濁った水が細く出る。二人は歓声を上げず、漏れがないか継ぎ目を確認した。
界人は工具を片づけ、共有ノートを開いた。修理業者へ見てもらう費用、断熱材の購入、当番。尚弥は自分の名前が家賃欄で赤く囲まれているのを見つけた。
「知ってたのか」
「先月から」
「何で言わない」
「お前が言う順番だと思ってた」
「今日、出ていく」
「その前に、漏らした水の雑巾を洗え」
界人は退去を止めなかった。尚弥も借金の額を全部は話さなかった。ただ、洗濯機が回る間に、分割で払える最低額だけ紙へ書いた。
朝日が出る頃、業者から昼に来ると返信があった。界人は出勤しなければならない。
「立ち会える?」
尚弥は玄関のリュックを見た。
「昼までなら」
「断熱材、受け取って。代金は共同費」
「逃げたら?」
「給湯管がまた凍る」
界人は合鍵の入った工具箱を尚弥へ渡した。家の予備鍵ではなく、屋外配管カバーの鍵だった。
尚弥はリュックを自室へ戻さず、台所の椅子へ置いた。けれど背負い紐を外し、濡れた靴下を暖房の前へ干した。共有ノートの来週欄には、自分で〈断熱材巻き直し〉と書き込んだ。