勤務表の斜線

早乙女征吾警部補は、留置人が殴られた夜、休みだったことになっていた。

椎名崎崇史監察官は、勤務表の原本を窓へ透かした。早乙女の欄には、非番を示す斜線。だが線の下に、消された夜勤の丸印が見える。暴力団対策班の取調べで男が顎を折られた事件。監察は当直の若手二人だけを処分し、早乙女は現場にいなかったと結論づけようとしていた。

稲葉山聡志班長は椅子を引いた。

「勤務変更はよくある。紙を直し忘れただけだ」

「給与記録では、早乙女警部補に深夜手当が出ています」

「会計の取消漏れだ」

崇史は赤外線カメラを勤務表へ向けた。斜線のインクだけ、事件翌日に配備された新しいペンの成分だった。線は後から引かれている。

さらに、留置場の無線記録には早乙女の呼出符号が残っていた。廊下の自動販売機には、彼の職員用決済で午前零時十四分に缶コーヒーを買った履歴もある。紙の斜線だけが、彼を署外へ追い出していた。処分を受け入れた若手二人の勤務欄には、逆に存在しない残業時間が足されていた。

――被留置者、まだ口を割りません。

――俺が行く。カメラを外せ。

稲葉山は再生を止めた。

「それを報告書に入れるな」

「なぜです」

「早乙女は十年、組を潰すため汚れ役をしてきた。彼の証言で有罪になった者が何人いると思う。暴行を認めれば、弁護人は全事件で信用性を争う」

「だから非番にした?」

「若手二人は処分を受け入れた。家族の面倒も見る。正義は、過去の判決を全部壊してまで守るものか」

崇史は勤務表を見た。自分もかつて早乙女の供述調書で表彰された。彼の名前が崩れれば、その表彰も、崇史の経歴も無傷ではない。

稲葉山が新しい勤務表を差し出した。綺麗な斜線、訂正印、辻褄の合う休暇届。

「原本は誤記として廃棄しろ」

崇史は新しい紙を受け取った。二枚を重ね、廃棄箱へ向かう。

その前で足を止め、原本だけを赤外線スキャナーへ載せた。提出先に事件担当裁判所の証拠開示窓口を加える。

斜線の下の丸印まで映った画像を、彼は送信した。