十三段目で忘れて
西塔の壁を拭く侍女ユルシアだけが、壁紙の裏に十三段の階段があることを知っていた。
その階段を上れば、どんな見張りにも姿を見られず城外へ出られる。ただし一段ごとに、上る者を覚えている人を一人、名指しで差し出さなければならない。差し出された人は、その者の存在を忘れる。
反乱の剣音が近づく夜、ユルシアは幼い王女を抱き、壁紙を剥がした。
王女を探す兵はすでに隣の廊下へ来ている。乳母は負傷し、動けない。地下門には反乱側の印が掲げられていた。十三段を越えれば、川沿いの礼拝堂へ出る。
「私が上ります」と乳母が言った。
「殿下を抱いたままでは無理です」
階段は狭く、足場を知るユルシアにしか進めない。
一段目で、昔の洗濯頭の名を差し出した。叱られてばかりだったが、冬には湯を多くくれた人だ。
二段目は、故郷の隣人。三段目は、厨房のパン焼き。名前を告げるたび、胸の中で結ばれていた細い糸が切れる。
王女は何も知らず、ユルシアの首へ腕を回している。
六段目で、同室の侍女を差し出した。誕生日を毎年覚えてくれた人。七段目で、弟。八段目で、父。
父は明日から、娘を王宮へ奉公に出したことさえ忘れる。空になった寝台を見ても、最初から子は一人だったと思うだろう。
九段目。十段目。
下の壁が破られ、兵の声が階段へ入ってきた。
残る三人は、乳母と、王女と、東門を守る近衛隊長だった。
乳母を差し出せば、助けを呼べなくなる。王女を差し出せば、この子は目覚めたとき、抱いて逃げた侍女を知らない。近衛隊長は、ユルシアと春に婚約するはずの人だった。
十一段目で、乳母の名を言った。
十二段目で、王女の名を言った。
腕の中の子が目を開き、見知らぬ者に抱かれているように怯えた。ユルシアは「大丈夫」と囁き、最後の段へ足をかける。
出口の向こうには東門がある。近衛隊長なら、王女の顔を知っている。だがユルシアを忘れれば、反乱兵と疑うかもしれない。
下から剣先が見えた。
ユルシアは婚約者の名を言った。
十三段目を上ると、夜気の中に東門が現れた。隊長が駆け寄り、王女を受け取る。彼は子の無事に息を呑み、それからユルシアを警戒する目で見た。
「殿下を救ってくださった方。お名前は?」
彼女の薬指には、彼からもらった細い銀輪が残っていた。
ユルシアはその手を背へ隠し、知らない人へするように、深く礼をした。