十八時の先願
倉庫ロボット会社の買収会議で、柏葉律は若手機械設計者として技術評価を担当した。買収対象の小企業は、箱の形に合わせて指先が変形する把持機構の特許を持つ。出願時刻は六月九日午後六時ちょうど。
律の会社で同じ機構の発明届が提出されたのは午後六時四分。たった四分差で先を越され、社内では偶然の競争と処理されていた。
買収額は二十五億円。契約書へ押印する直前、律は特許資料に掲載された試験写真を拡大した。背景に、律の会社の試作室時計と資産管理札が写っている。
画像の撮影時刻は午後五時四十二分。カメラの製造番号も、律の部署に貸与された一台と一致した。買収対象企業には、その時刻に試作室もロボットもなかった。
買収対象の社長は、写真は後から広報用に提供されたものだと説明した。
律は出願時の電子包袋を示した。午後六時に提出された明細書へ、同じ写真がすでに埋め込まれている。後から追加されたものではない。
さらにカメラ貸出台帳では、午後五時三十分に開発部長が持ち出し、六時十分に返却していた。その部長は買収交渉の責任者でもあった。
「社内発明を外へ出願させ、会社に買い戻させるつもりだったんですか」
部長は、若手が憶測で取引を壊すなと声を荒らげた。
律は写真の時計を指した。
「四分の先願を説明するには、十八分早く撮られた社内写真を説明してください」
社長が二十五億円の決裁書から代表印を離した。午後六時の出願は先でも、午後五時四十二分の写真より先にはなれなかった。
律の会社の部長は、写真を渡したのは共同研究の一環だったと説明を変えた。だが共同研究契約の締結日は六月十二日で、出願の三日後。試作室の入室記録には買収対象企業の名が一度もない。律は写真の元データを証拠保全し、資産札の番号を読み上げた。
部長の端末からは、写真を外部企業へ送った午後五時四十八分の転送記録も見つかった。
買収は、その十八分の間で停止した。