千回目のハンドルネーム
音声チャットで同じハンドルネームを千回呼ばれると、その呼び名は本人の名前として定着する。千一回目からは、呼ばれるたび本人の寿命が一分減る。オンラインゲームのプレイヤーは、九百九十九回で名前を変える。
千住宗介のギルドでは、呼名カウンターを画面の端に表示していた。宗介は「灰舟」、相棒は「MICA-0」。二人とも五年間、九百九十九回になる前に綴りを少しずつ変えてきた。ゼロを丸にし、ハイフンを増やし、大事な呼び名ほど使い捨てた。過去の名はフレンド履歴に抜け殻のように並んでいる。
大型レイドの前夜、MICA-0のカウンターは九九八だった。
「次はMICA-1にしろ」
「今回は変えない」
「ボス戦で絶対呼ぶ」
「名前が残らないほうが嫌になった」
相棒は最近、ログイン時間が短くなっていた。通話の向こうで咳をしても、理由は話さない。宗介も聞かなかった。ゲームでは現実の職業も病名も、呼ばなければ存在しない。
二十人で始めたレイドは、最終形態で半数が倒れた。回復役のMICA-0が孤立し、宗介は反射的に名を呼んだ。
九九九。
もう一度呼ぶ。
千。
画面の文字が白から青へ変わった。定着完了。ギルド全員に通知が出る。
「これで逃げられないな」
通話の向こうで、相棒は薬のシートらしいものを折った。小さな銀色の音がした。
MICA-0は笑った。次の瞬間、攻撃を受け、宗介は千一回目を叫んだ。寿命一分減少の小さな砂時計が、相棒のアイコンに浮かぶ。
結局、ボスは倒せなかった。MICA-0は「明日は来ない」とだけ言い、ログアウトした。アカウントはその後も削除されず、青い名前だけが名簿に残った。
一週間後、宗介は一人で同じ場所へ入った。呼ぶ必要はなかったが、三度、青い名を声にした。カウンターは一〇〇四になった。相手の寿命票がどこで減ったのか、画面には表示されない。
机の上のヘッドセットには、MICA-0が送ってきた銀色のステッカーが貼ってある。剥がすと裏に「999で捨てるな」と書かれていた。横の空き缶のプルタブが四つ、数字のゼロのように並んでいた。