午前零時の予約送信
午前零時ちょうど、宮守岳の携帯に仁科瑠果から届いた。
〈このメッセージが届いたら、私たちは終わりにしよう〉
岳はベッドの縁に座ったまま、三度読み返した。十分前まで、瑠果は「あとで行く」と言っていた。二人で内見した部屋の申込書も、机に広げたままだ。
〈分かった。鍵も申込書も返す〉
零時二分、送信。既読はつかない。
机の上には、仮契約でもらった真鍮色の鍵がある。まだ何の扉も開けない見本鍵。それでも瑠果は、初めて手にした夜、二人の名前を書いた青い糸を結んだ。「本物になるまでなくさないで」と言った。
零時四分。未読。
岳は不動産会社の夜間キャンセル画面を開く。零時十分までなら手数料なし。瑠果が一か月前の喧嘩で、「次に逃げたら終わり」と言ったことを思い出す。今夜、仕事を理由に内見の最終確認を欠席した。彼女は本当に終わらせると決めたのだろう。
零時六分、瑠果のルームメイトから電話が来た。
『瑠果、そっちへ向かったよ。携帯を水に落として、私の端末から地図だけ見て出た』
「でも、今メッセージが」
『ああ、予約送信。先月の喧嘩のとき、零時に設定してたやつ? 解除したって言ってたけど』
岳は送信時刻の横にある小さな時計印に気づいた。
零時八分、瑠果の共有パソコンからメールが届く。
〈予約を消したつもりが、下書きだけ消してた。もし届いても信じないで。今から本物の鍵を受け取りに行く。あなたと住みたい〉
メール自体は二十三時五十九分に送られていた。回線障害で九分遅れた。
玄関の外を、誰かが駆け上がる音がする。
申込画面には〈キャンセルを確定〉のボタン。押さなければ、瑠果が来る。説明を聞き、笑い話に変えることもできる。
だが岳は、未来の別れを予約できた彼女と、何もなかったように鍵を持つ自信がなかった。瑠果もまた、今夜の欠席を何もなかったことにはできないだろう。
呼び鈴が鳴る。
零時十分。岳は青い糸を見本鍵からほどき、〈キャンセルを確定〉に触れた。