半分ずつの伝統
瀬尾紫乃は、男子たちの胸元からボタンが消えていくのを窓辺で見ていた。
「便利だよね、形が決まってて」
高梁碧衣が隣で言った。
「何が?」
「好きって言わなくても、第二ボタンで通じること」
窓の外では、第二ボタンを受け取った生徒たちが、戦利品みたいに掌を見せて写真を撮っている。
二人のブレザーにも、同じ位置に金色のボタンがある。けれど誰もそれを「第二ボタン」とは呼ばない。女子の制服は、伝統の説明から最初から省かれているようだった。
紫乃と碧衣は、二年の夏から放課後を一緒に過ごした。図書室の一番奥、誰も来ない渡り廊下、駅までの遠回り。手をつないだことはある。好きだと言ったことはない。
「私たちもやる?」
紫乃が聞くと、碧衣は笑った。
「どっちが渡す側?」
「両方」
碧衣が家庭科室から借りた糸切り鋏を持つと、紫乃の胸元で一度だけ手が止まった。授業では平気で布を切れたのに、今日の糸だけは失敗できないらしい。
互いの第二ボタンを外した。金属が机に落ち、同じ音を二度立てる。
見分けがつかない。
「困った」
碧衣が二つを掌で混ぜた。
「どっちがどっち?」
紫乃はしばらく考え、一つを取り上げた。
「どっちでもいい。私が持った方が碧衣の」
「雑」
「伝統って、決めた人がそう言い張っただけでしょ」
碧衣は残った方を握った。
廊下へ出ると、友人に胸元を見つけられた。
「え、ボタンない。誰にあげたの?」
碧衣は一瞬だけ紫乃を見た。いつもなら笑ってごまかす間だった。
「紫乃」
その名前が、廊下のざわめきの中でもはっきり聞こえた。
紫乃も答えた。
「私は碧衣に」
友人は目を丸くしたあと、「じゃあ写真撮ろう」とだけ言った。
校門前で二人は並び、互いのボタンを見えるように掌へ載せた。写真では、金色の丸が春の光を反射し、どちらのものだったかますますわからない。
校門を出てから、碧衣はボタンを耳元で振った。小さく澄んだ音がした。
「同じ音だね」
「違って聞こえるまで持ってよう」
紫乃は答えた。
卒業後、二人はそれぞれのボタンを細い鎖へ通した。並べても見分けはつかないから、会うたびにどちらが誰のものか決め直す。
二人の伝統には、まだ名前も期限もなかった。守るためではなく、自分たちが入れる形へ作り替えたものだった。