半分だけの試作品
真鍋哲生が停止ボタンを押すと、三台の3Dプリンターが同時に黙った。
工学棟の工作室には、途中まで造形された白い模型が残っている。下半分は橋、上へ行くほど糸のように崩れ、空中で終わっていた。
小笠原紅音が窓を開けた。
「まだ焦げた匂いする」
杉浦晴臣は、消防設備会社から届いた請求書を封筒へ戻した。
「発火じゃなくて、樹脂が詰まって煙が出ただけ」
「火災報知器は、言い訳を聞かないよ」
三人の〈メイクポート〉は、学生が設計データを送れば、夜間に立体模型を印刷するサービスだった。建築模型、ロボット部品、卒業制作。注文は増えたが、機械の保守費を削り、無人運転を続けた夜に煙が出た。けが人はいない。工作室は使用停止、リース会社は機械の返却を求めた。
「俺、あの日の警告ログを消した」と哲生が言う。
紅音の手が止まる。
「初めて聞いた」
「ノズル温度が上がってた。でも納期が十件あった」
晴臣は責めなかった。その方が哲生には堪えた。
「僕も知ってた。停止を提案して、注文キャンセルの計算を見て黙った」
紅音は窓の外を見た。
「私は知らなかった。知らないまま営業で『安全です』って言った。それも同じ」
哲生は消防設備メーカーへ入る。
「止める装置を作る。止めたせいで怒られても」
紅音は陶芸の専門学校へ行く。
「一層ずつ積むのは同じ。でも、機械の外で形を見る」
晴臣は工業デザイン事務所へ就職する。
「作れる形じゃなく、壊れたとき誰が困るかまで描く」
返却業者がプリンターを運び出した。机に残ったのは、失敗品を入れる箱と、半分の橋だけだった。
「これ、卒業制作の依頼品だよね」
「返金した」と晴臣。
「捨てる?」
哲生は模型を持ち上げた。崩れた樹脂が指に刺さる。
「完成してないから、失敗の見本にはなる」
三人は会社の棚を空にし、それぞれ別の工具だけ持って帰った。紅音はへら、晴臣はノギス、哲生は非常停止ボタンの予備。
工作室の中央には、対岸へ届かない白い橋が残った。片側には入口があり、もう片側には、誰も立てない空中だけがあった。