厨房は七十枚の黒字
月末、白鹿亭は金貨四十枚の赤字だった。
主人は厨房の食材費が高すぎると怒り、料理長を解雇すると宣言した。客は食堂へ列を作っているのに、料理長は反論できない。
宗真は前世で部門別損益を作っていた。宿全体の帳簿を、食堂、客室、厩舎の三つに分ける。
料理長の煮込みは、旅人が街道を遠回りしてでも食べに来る名物だった。解雇の噂が流れると、常連たちは食堂に残り、最後の一皿を黙って待った。一方、無料客である領主の従者は、空室にも暖炉を焚かせ、汚していない寝具まで毎日交換させていた。
宗真は一枚の損益表から、皿の売上、部屋の薪、馬の飼葉を切り離した。全体では見えなかった働きが、三つに分けた途端に色を持つ。厨房の七十という黒字を読み上げると、料理長を責めていた主人の顔が赤くなった。客室の百三十という赤字を読み上げたときは、無料で泊まっていた従者たちが初めて暖炉の火を小さくした。
食堂。売上三百、食材と給金二百三十。利益七十。
厩舎。売上八十、飼葉と人件費六十。利益二十。
客室。売上百、洗濯と薪と給仕二百三十。損失百三十。
合計、四十の赤字。
赤字を作っていたのは厨房ではなかった。
客室名簿を見ると、二十室のうち十二室を領主の従者が一月無料で使っている。主人は領主への恩義だと言い、費用を食堂へ押しつけていた。
ちょうど領主の家令が、来月も十二室を押さえに来た。宗真は一室あたりの薪、洗濯、給仕を積み上げた請求書を置く。十二室で金貨百四十四枚。
「無料なら、来月も宿全体が赤字です。有料なら百四枚の黒字になります」
家令は怒ったが、収穫祭前で他の宿は満室だった。黙って百四十四枚を前払いする。
硬貨が金庫へ落ちた。今月の赤字四十を埋めても、百四枚残る。
主人は料理長の解雇状を炉へ投げた。そして宗真の三枚の部門表を帳場の正面へ貼る。
「儲けている者を首にするところだった」
帳場椅子を宗真へ譲った。
「来月から支配人として、店ごとの本当の数字を見てくれ」