受領印のない百袋
商人組合は、麦百袋が届いていないとして御者を牢へ送ろうとしていた。
倉庫側は「受け取ったのは八十袋」と言い、発送側の台帳には百袋。途中で盗めたのは御者だけだと決めつけられた。臨時書記の鳴瀬文治が、次の便で確かめさせてほしいと申し出ると、組合長は一日だけ猶予した。
文治は同じ内容の受領票を二枚作った。品名、袋数、到着時刻。倉庫で数え終えた者が両方へ印を押し、一枚を倉庫に、一枚を御者へ戻す。
翌朝、百袋が荷台から下りた。倉庫番は一袋ごとに石を箱へ入れ、百個目で受領票へ《百》と書き、組合印を押した。御者は片方を革筒へしまう。
夕方、倉庫番はまた「八十袋しか届いていない」と報告した。
組合長が御者を捕らえようとした瞬間、文治は革筒から受領票を出した。倉庫に残る票と紙の切り口まで同じ。そこには倉庫番自身の字で《百》、同じ組合印、到着時刻まで記されている。
倉庫を調べると、奥の私室から二十袋が見つかった。前の三便で消えた六十袋分の売却証文も出てきた。
前の三便についても、発送側の百袋と倉庫帳の八十袋だけでは途中の場所を決められなかった。だが新しい二枚票なら、荷車を離れる瞬間に数が確定する。御者が持つ控えは雨に濡れない革筒へ入り、倉庫側の票が消えても受領の事実は片方に残る。
次の十便、千袋で不足申告は一件だけ。その一件も御者票が九十九、倉庫票も九十九で一致し、積み地の数え違いだと五分で判明した。以前なら御者、門番、倉庫番を半日ずつ取り調べていた。
商人組合は誤った盗難捜査と賠償で月銀貨百枚を失っていたが、二枚票の紙代は月銀貨二枚。数字と印が二か所に残るだけで、正直な運び手を疑う費用まで消えた。
御者の鎖が外され、倉庫番の腕へ移る。
これまで「言った、言わない」で半日かかった受領確認は、二枚の紙で一分になった。荷の不足も、どこで起きたかその場で確定する。
組合長は文治へ詫びる代わりに、王領全倉庫分の紙を積んだ。
「次便から受領票なしの荷は一袋も動かさない。制度を作ったお前を、配送証明官として雇う」