句点を直さない
秋月映里は、投稿欄に同じ三行を一時間置いていた。
「今日はしんどかったです。
帰りに買ったパンがおいしかったです。
それだけで少し助かりました。」
趣味で続けている日記アカウントに書く文章だった。写真も宣伝もない、小さな記録。それなのに映里は、「です」が三度続く幼さを直せずにいた。
「今日はしんどい一日でした」に替える。
すると次の「おいしかったです」と響きが近い。
「パンのおいしさに救われました」では大げさだ。
「少し助かりました」の主語も曖昧で、読む人に説明不足だと思われるかもしれない。
映里は文章を書く仕事をしている。短い投稿ほど、言葉の粗さを見つけられるのが怖かった。日記なのに公開前には校正記号を思い浮かべ、同じ助詞を避け、句読点の間隔まで整えた。
その結果、しんどい日ほど何も投稿できなかった。
机の上には、帰りに買ったクリームパンの袋がある。もう食べ終え、袋の底に粉砂糖だけが残っている。おいしかったことは本当だった。電車で泣きそうだったことも、パンを一口食べたら少し呼吸が戻ったことも本当だった。
けれど、もっと正確に書こうとするうちに、その一口は文章の外へ追い出されていた。
映里は二行目の句点を削除し、読点へ替えた。やはり不自然で、元へ戻す。
三つの「です」が並ぶ。
彼女は推敲用の辞書アプリを閉じた。誤字だけを一度確認し、投稿ボタンを押す。直後に編集画面を開く癖があったが、スマートフォンを伏せた。
数分後、通知が一件鳴った。誰かが反応したのかもしれない。映里は見なかった。
流しへ行き、パンの袋を捨てる。底の粉砂糖が少し指についたので、そのまま舐めた。
文章は上手くないまま公開されている。明日の朝に読み返せば、きっと直したい箇所が増えるだろう。それでも今夜の映里は、編集履歴を作らなかった。
三つの句点は、三つとも同じ形で画面に残った。しんどかったことと、おいしかったことと、少し助かったこと。その順番だけは、もう整え直さなかった。