合鍵の鈴

桐生絵麻は、元恋人の部屋の合鍵から、赤い鈴を外そうとしていた。

鍵は正午までに管理人へ返す。二人は別れて一年たっていたが、合鍵だけは「今度返す」と言ったまま、絵麻の引き出しに残った。管理人からは、遺族が部屋を閉じる前に返してほしいと言われている。元恋人が亡くなったと連絡を受けたあと、最初に思い出したのがその鍵だった。

鍵の歯には細かな傷があり、何百回もあの部屋を開けた形が残っている。赤い鈴は、付き合い始めたころに商店街で買ったものだ。輪が固く、爪を差し込んでも開かない。

絵麻は昔のチャットを検索し、鍵を渡された日の音声を見つけた。雑踏の中で、元恋人が笑いながら説明している。

『鈴つけたから、なくしても音で分かる。赤いのは私の。鍵は絵麻の』

当時は意味を考えなかった。別れたあとも、鈴は元恋人のもの、鍵は自分のものという分け方だけが残った。

正午まであと二十三分。絵麻は封筒へ管理人の名前を書き、机からマイナスドライバーを持ってきた。音声を再生したまま、二重リングの隙間へ先を入れる。金属が滑り、指に浅い傷ができた。

『外すときは、爪でやると割れるよ。薄いコイン使って』

音声の後半は、鈴の電池交換を説明していたらしい。絵麻は苦笑し、財布から十円玉を出す。リングへ差し込むと、さっきより簡単に開いた。

鍵を一周させる間、鈴が何度も鳴った。部屋へ行けばまだドアを開けられる。管理人は鍵を替えると言っていたから、実際には意味のない合鍵だ。それでも絵麻は、返却用の封筒に鍵だけを入れたかった。

リングの途中で鍵と鈴が同じ側へ寄り、どちらを先に外すか一瞬迷う。絵麻は鍵を机へ置き、鈴だけを回した。最後の一巻きが外れ、鈴が掌へ落ちる。音声では元恋人が『返すときは鈴だけ取ってね。気に入ってるから』と言っている。

絵麻は赤い鈴を小さな袋へ入れ、鍵を白い封筒の底へ滑らせた。封筒を振ると、鈴のない鍵は低い音を一度だけ立てた。封を剥がして折り返し、指で端から端まで押さえた。