同じ頁を別々に
亥角沙月と棚橋は、同じ本の百四十三頁で喧嘩した。
現代文の課題図書は図書室に一冊しかなく、二人で交互に借りることになった。月水金は沙月、火木は棚橋。毎朝、机の間で受け渡した。
百四十三頁では、主人公が届かなかった手紙を全部燃やす。
沙月はそこで泣いた。
翌朝、本を渡すと、棚橋が頁の端に挟まったティッシュを見つけた。
「ここで泣いたの?」
「悪い?」
「いや。俺、笑ったから」
「何で」
「やっと捨てた、と思って」
「最低」
それから一日、口をきかなかった。
放課後、図書室へ返す日になり、二人は同時にカウンターへ来た。
司書が本を確認する間、百四十三頁が開いた。
「この場面、どう思いました?」
課題の感想文を担当する司書教諭が訊いた。
沙月は「悲しい」と答えた。
棚橋は「安心した」と答えた。
教諭はどちらも否定せず、本を二人へ戻した。
「閉館まで、その違いを話してみたら」
窓際の席へ座った。
沙月は、手紙を燃やしたら書いた人の時間までなくなる気がすると言った。小学校の連絡帳も、壊れた筆箱も捨てられない。
棚橋は、転校を四回した話をした。引っ越すたび荷物を減らし、手紙も写真も箱へ入りきらないものは捨てた。
「持ってたら、次へ行けないこともある」
「捨てたら、戻れない」
「戻れないから行ける」
「行った先で後悔する」
「後悔しても、軽いほうが歩ける」
意見は最後まで合わなかった。
それでも沙月は、棚橋が笑った理由を最低だとは思わなくなった。棚橋も、百四十三頁へ挟んだティッシュを笑わなかった。
感想文には、二人とも別のことを書いた。
返却前、本の百四十三頁へ、沙月は青い栞、棚橋は赤い栞を挟んだ。図書室の物ではないので、すぐ抜いたが、二色が同じ頁から出ているところを写真に撮った。
卒業前、棚橋はまた転校した。
別れの日、沙月は何も形に残さないつもりだった彼へ、その写真だけを渡した。
「これは捨ててもいいから」
「たぶん捨てない」
「意見変わった?」
「百四十三頁だけ」
同じ本を読んでも、同じ記憶にはならない。
だからこそ二人は、違う頁を見ていたのではなく、同じ頁の両側に立っていた。