同居人はゼロ点
赤城夏向は月末になると、玄関端末で家賃を確認する。世帯の最低信用点数が高いほど、住宅利用料は安くなる。夏向は九三四点。ひとり暮らしとして登録された部屋は、月八万二千円だった。
恋人の玲祈が越してきて三か月目、請求額が百七十六万円になった。
《未登録居住者を検出》
《信用点数:〇》
《世帯最低点を更新しました》
玲祈は海沿いの共同体で育ち、二十二歳まで公的端末を持たなかった。滞納も違反もない代わりに、信用履歴そのものがない。未採点は、住宅では〇点として扱われる。
「住民登録すれば点が付くんだろ」
夏向が窓口へ尋ねると、初回点数の算定には一年必要だと返った。その間、家賃は最低点〇の価格になる。
支払期限は今夜。
画面には二つの選択肢があった。
《玲祈を世帯員として登録》
《不法侵入者として通報》
世帯員にすれば、百七十六万円を払えないため契約解除。不法侵入者にすれば、家賃は八万二千円へ戻り、玲祈は保護施設へ送られる。
「通報して」
玲祈が言った。
「一年たったら、点を取って戻る」
「その一年、どこにいるんだよ」
「どこか」
彼女は笑った。段ボールはまだ部屋の隅にあり、二人で選んだカーテンも片側しか吊っていない。
夏向は《世帯員として登録》を押した。
確認音が鳴る。
《赤城世帯の最低信用点数:〇》
《家賃決済に失敗しました》
《午前零時に退去処理を開始します》
玲祈の端末に、初めて公的な名前が表示された。
《世帯員:赤城玲祈》
「名字まで勝手に変わってる」
「嫌か?」
「ちょっと嬉しい」
残り二十分。
二人は冷蔵庫の缶ビールを開け、床へ座った。家具は契約物として回収されるが、カーテンは自分たちで買った。玲祈が残り半分を吊るし始める。
「今さら?」
「住んだ証拠」
零時、玄関が開錠される。
回収員が入ってきて、夏向へ退去通知を、玲祈へ保護通知を見せた。二人は別々の車両へ案内される。
最後に夏向が振り返ると、両側そろったカーテンが夜風で揺れていた。
端末には、短い居住記録が残る。
《赤城玲祈:当該住所での居住時間 三時間四分》
三か月一緒にいたのに、社会が二人を同居人として認めたのは、家を失う直前の三時間だけだった。