同行者なし
壬生川拓海は二十九歳の司法書士で、相続人のいない土地を確認するため梨木村へ向かった。日帰りの予定が豪雨で延び、村営宿舎へ一泊した。
宿帳には氏名の横に「同行者」の欄がある。一人旅でも空欄のままにするのが村の書き方らしい。
受付の録画映像には、管理人の声が残った。
《同行者欄を「なし」で埋めてはいけない》
拓海は公的な出張記録では空欄を嫌われると思い、一度だけ「なし」と書いた。管理人はその二文字を見て、部屋の鍵を二本渡した。
「一人分しか予約していません」
「ええ。もう一人は、今お名前をいただきました」
部屋へ入ると、隣の布団が沈んだ。見えない誰かがスマホを操作する光だけが枕元に浮かぶ。拓海のメッセージアプリへ、新しい連絡先から届いた。
なし:同行します
ブロックしても、連絡先は緊急共有相手として戻った。拓海は夜明けまで廊下で過ごし、村を出た。
東京へ戻ると、日常の予約がすべて二名分になっていた。美容院は二席、配車アプリは乗客二名、会社の会議室も同伴者あり。キャンセルすると「同行者の承認が必要」と表示される。
出社すると机にコーヒーが二つ置かれ、片方には口をつけた跡があった。同僚は拓海が「なしさん」と一緒に来たと言うが、容姿を尋ねると誰も思い出せない。車の助手席センサーは常に着座を検知し、シートベルトを締めると背後から外される。登記申請の世帯欄にも《壬生川拓海・なし》が自動入力され、削除履歴だけが何百回も残っていた。
スマートウォッチは睡眠中の寝返りを二人分記録し、片方の体温だけ表示できなかった。朝になると隣の枕に、文字の形で「なし」と窪みが残る。
数日後、母から電話があった。
「最近いつも一緒にいる人、挨拶くらいしてもらいなさい。電話の後ろで息をしてるでしょう」
拓海が振り返っても部屋には誰もいない。
その瞬間、スマホに現在地共有の通知が出た。自分を示す青い点の真上に、灰色の点が重なっている。
連絡先名は《なし》。状態欄だけが更新された。
《同行中ではありません》
《すでに同居しています》