名前を付けたアーカイブ
叶野絃也は、配信会社で古い動画の整理をしていた。権利者不明の映像へ題名を付け、検索できる状態にする仕事だ。
ある夜、保存先の最下層から無題の配信が見つかった。映像は石組みの井戸を真上から映すだけ。再生時間は二十三時間五十九分、視聴回数はゼロ。ファイル容量だけは、絃也の個人フォルダ全体と一バイト単位で同じだった。前任者の作業メモが添付されていた。
《無題の配信アーカイブに、題名を付けてはいけない》
検索窓へ無題と入れると何も出ない。自分の名前を入れると、まだ題名のないその映像だけが候補に浮かんだ。絃也は規則の理由を調べたが、管理台帳に記録はない。無題のままでは作業完了にできず、仮題なら問題ないと考えた。
一度だけ、タイトル欄へ《深夜の井戸》と入力して保存した。
更新履歴には、絃也が保存する一分前に《題名を受領》と記録されていた。画面が更新されると、題名は《叶野絃也》に変わっていた。
再生ボタンを押していないのに映像が動き始めた。井戸の水面へ、オフィスで作業する絃也が映っている。数秒遅れではなく、数分先だった。水面の絃也は立ち上がり、背後から伸びた手に肩を掴まれた。
絃也は椅子から動かなかった。すると映像の未来も止まり、井戸の底から顔のない男がこちらを見上げた。
タイトルを消そうとすると、《題名のないものは検索できません。題名のあるものは回収できます》と警告が出た。削除ボタンは灰色だった。
絃也は端末を閉じて帰宅した。翌朝、社員証が反応しない。社内検索では自分の名前が「アーカイブ済み」と表示され、席は空席扱いになっていた。
スマホの写真アプリから通知が来る。
【人物アルバム「叶野絃也」をアーカイブしました】
写真:二千百四十七枚
新しい題名:深夜の井戸
解除を押すと、本人確認のため最新の顔写真を求められた。カメラを向けても顔の枠が検出されない。
代わりに背後の暗い洗面台へ四角が出た。
《人物を一名検出しました》
保存を押していないのに、題名が付いた。
《叶野絃也》