和平会談の最初の火花

聖女イェルナを代表団から外した直後、二国の和平会談は握手一つで決裂した。

北国の使節が右手を出す。南国の大使ヴァルゲンが応じた瞬間、両者の指輪から火花が飛び、会議卓が真っ二つに割れた。

北国は暗殺術だと叫び、南国は先に攻撃されたと剣を抜く。護衛の防御魔法が互いを敵と判断し、窓も扉も閉じた密室で術だけが増幅した。

死者こそ出なかったが、停戦期限は日没まで。会談をやり直す時間はない。

「儀礼係がいないだけで、なぜこうなる!」

ヴァルゲンの補佐官は、過去の会談記録を開いた。座席、飲み物、発言順のほかに、毎回同じ項目がある。

――イェルナ聖女、護身術式の相互非干渉化を完了。

使節は全員、毒見、嘘看破、反撃、防音など異なる魔道具を身につける。本人を守る術同士が、相手の術を攻撃と誤認する。イェルナは入室前に一度だけ祈り、それらが互いへ触れないよう分けていた。

代表団は彼女を「茶を注ぐだけの飾り」として国境に置き去りにした。その結果、最初の握手すらできなかった。

双方は魔道具をすべて外して会談を再開する案を拒んだ。毒殺された先王と爆殺された前大使の記憶があるからだ。守りを外せば席に着けず、守りを付ければ術が衝突する。停戦の砂時計だけが、誰にも止められず落ち続けた。

国境の砦では、停戦終了を告げる鐘へ兵が手を掛けていた。会談室の沈黙が、そのまま開戦命令になりかけていた。

一方イェルナは、中立都市の商事調停所で、七つの商会の交渉を終えたところだった。市長ケセラが、護衛たちの抜かれなかった剣を見て頷く。

「誰も魔道具を外さず、安全に話せた。次から正式な会談管理官として頼みたい」

議事録には彼女の祈りが「儀礼」ではなく「安全工程」と記された。

そこへ南国代表団の通信鏡が開き、ヴァルゲンが叫んだ。

「戻れ! 日没までに会談室を整えろ。お前を副使節にする!」

イェルナは中立都市の契約書へ最後の署名をした。

「王国代表団との術式調停契約は、私を名簿から外した時点で終了しました」