四冊目の余白
編集者のこよみは、作家から届かない原稿を待ちながら、机の端に古い交換日記を置いた。
高校時代、美苑とは三冊のノートを使い切った。四冊目だけは、半分以上が白い。
二人は放送部で、卒業制作のラジオドラマを一緒に書いていた。こよみが脚本、美苑が主演。全国大会へ出るつもりだった。
ところが本番一か月前、美苑は芸能事務所のオーディションに受かり、練習を休むようになった。
交換日記には言えないことばかり増えた。
〈今日も来ないの?〉
〈将来に関わるから分かって〉
最後にこよみは、勢いのまま書いた。
〈一人で行けば。私はもう続きを書かない〉
美苑は日記を返さなかった。
卒業式の日、靴箱に四冊目だけが入っていた。こよみの乱れた文章の次に、
〈分かった。でも、次の頁はこよみの番のままにしておく〉
と書かれていた。
二人は別々の道へ進んだ。美苑は舞台俳優になり、こよみは物語を支える仕事を選んだ。顔を合わせたことはあるが、交換日記の話はしなかった。
白い頁は、書かなかった罰のように残った。美苑が出演する舞台のポスターを見るたび、こよみは応援と悔しさのどちらを選べばよいか分からず、視線を外した。
今、こよみは若い作家の原稿を担当している。締切を三度過ぎ、連絡も途絶えた。かつての自分なら、「書けないなら降りてください」と送り、相手より先に関係を終わらせていただろう。
だが四冊目の余白を見て、白紙には拒絶だけでなく、まだ順番を待っている時間もあると思った。
こよみはメールを打った。
〈原稿の話は後で構いません。書けない事情があるなら、一行だけ知らせてください。次の頁は空けておきます〉
送信後、交換日記の空白へ十七年遅れで書いた。
〈あのとき、置いていかれるのが怖かった。あなたの夢が嫌いだったわけじゃない〉
写真を撮り、美苑へ送る。
返事を求める文は添えなかった。
数分後、担当作家から〈生きています。話したいです〉と届いた。
こよみは四冊目を閉じた。
余白は、過去へ戻る道ではなく、次の言葉が着地する場所だった。