四月一日の通知
〈卒業旅行積立〉
残高:3,240円
参加者:雨谷弦、富樫和奏、錦戸怜奈
21:03 弦
初日終了。大阪の営業所、同期四十人。名札だけで酔いそう。
21:05 和奏
島の小学校、児童十二人。全員の名前もう覚えた。
21:08 怜奈
ギャラリー、社員二人。私は半年契約。名札なし。
三人は美術史サークルで、卒業旅行にヨーロッパの美術館を巡るため積み立てていた。就活の面接、教員採用試験、卒業制作が重なり、旅行は中止になった。
21:12 弦
残高どうする? 三等分だと千八十円。
21:14 和奏
夏に集まる資金にしようよ。
21:17 怜奈
夏、弦は営業研修、和奏は島から船欠航したら来られない。私は契約更新の時期。
21:19 和奏
まだ四月一日だよ。
21:20 怜奈
だから、今日くらい現実を言っておく。
弦は製薬会社の営業。和奏は離島の小学校教員。怜奈は学芸員採用に落ち、都内の小さな画廊で作品搬入をする。三人とも美術の近くへ行き、同じ場所からは遠ざかった。
21:26 弦
俺、面接で「全国転勤を成長の機会にします」って言った。でも大阪弁もまだ怖い。
21:28 和奏
私は「どこでも赴任します」って言って、本当に島になった。
21:31 怜奈
私は「契約でも経験を積みたい」。更新されなかったときの言い訳まで面接で作った。
21:34 弦
卒業旅行、行きたかったな。
既読が二つついた。
21:40 和奏
行きたかった。
21:43 怜奈
私も。
その一言だけ、三人の未来が同じだった。
22:01 弦
会社の規定で、個人クラウド整理する。共有アルバム、怜奈に移すね。
22:04 怜奈
契約アカウントだから受け取れない。
22:06 和奏
学校の回線、容量制限ある。
22:10 雨谷弦さんが退出しました。
22:12 富樫和奏さんが通知をオフにしました。
怜奈の画面に、自動通知が出た。
〈共有アルバムの所有者がいなくなりました。三十日後に削除されます〉
アイコンには、三人で撮った空港の写真が使われていた。出発口の前で笑っているのに、誰の手にも搭乗券は写っていなかった。