地図を逆さにしただけ
《ギルド通話が停電で公開配信へ切り替わったらしい》
《城戸颯馬は地上の作戦室。現場にいないのに何ができる》
《回転迷宮のボスを紙の地図で倒すとか軍師ごっこ》
非常電源への切り替えで、秘匿回線が一般配信へ誤接続された。
城戸颯馬の机上には、円形迷宮の紙地図と、途切れかけた十二人分の生命反応が並んでいる。現場では《天蓋蜘蛛》が迷宮全体を回転させ、床と天井を入れ替えながら探索隊を落下させていた。
通信遅延は七秒。命令を送っても、届く頃には方角が変わる。
現場指揮官は最後の通信で「もう画面を切れ」と言った。隊員が落ちる瞬間を見せたくなかったのだ。颯馬は切らず、地図へ十二個の駒を置き直す。彼は戦場へ入れない低魔力体質だったが、全員がどちらへ落ちるかだけは、誰より正確に見えていた。
《現在、迷宮は毎秒九十度回転》
《隊員は天井網に捕縛》
《蜘蛛の核は床下。現場火力では届かない》
颯馬は通信マイクを置いた。
「命令が遅れるなら、現場へ命令しなければいい」
机の地図を一度だけ、上下逆さに回した。
現地映像の天地も反転した。
天井にいた蜘蛛が床へ落ちる。床下に隠れていた核は空中へ露出し、落下してきた蜘蛛自身の巨体に押し潰された。網に吊られていた十二人は、反転した床へふわりと降りる。
作戦室のペン立てだけが、何事もなく机の上に残っていた。
《地図と迷宮が同期した!?》
《座標監査:遠隔魔力送信なし》
《技能《俯瞰同期》、本人が完成図と認識した図面に実物の向きを合わせる》
《十二名救出、天蓋蜘蛛は自重圧壊!》
颯馬は地図の角を揃え、赤鉛筆で討伐済みの印を付けた。
「次からは、北を固定して印刷してください」
《印刷会社への要求で終わるな》
《七秒遅延を紙一枚で無視した》
《現場にいないから、迷宮全体を動かせたのか》
現場隊長から遅延した音声が届いた。「後方は黙っていろ」と七秒前に送った命令だった。颯馬は返事をせず、救出済みの十二名へ緑の印を付ける。
《作戦室の紙地図に魔道具反応なし》
《迷宮全体の回転停止時刻、地図反転と一致》
《後方支援ではない。後方だから全体を救えた》
七秒後、隊長の謝罪だけが静かに届いた。
ギルドの人事画面が配信中に更新される。
【後方支援員・城戸颯馬】の肩書きが消え、
【迷宮構造指揮官/単独討伐権限保有】へ変わった。