壊れたハモリ
双子デュオ〈双生ノイズ〉の解散ライブで、網代莉子の隣には誰も立っていなかった。
姉の花音は一年前から活動休止中。公式発表は喉の治療だが、ファンは二人の不仲を噂した。今夜の最後の一曲では、花音の録音と莉子がハモる。会社は「姉妹の最後の共演」と宣伝し、ステージ中央に半透明の人影を投影した。
イントロで、姉の息が左耳から聞こえる。
「半分でいい」
幼い頃、ケーキも部屋も歌のパートも、二人は何でも半分にした。デビュー後は名前まで〈Kanon&Riko〉という一つの商品にされた。花音が契約解除を求めると、会社は「半分だけ辞めることはできない」と拒んだ。
Aメロを莉子が歌い、録音の花音が三度下で重なる。だが波形を見ると、姉の声は去年のものではない。今この瞬間の莉子の声を〇・二秒遅らせ、音程を変えているだけだった。
「半分でいい」
サビで莉子は突然、譜面にない音を歌った。投影された姉も同じ音を遅れてなぞる。客席の双子ファンたちが、意味を理解できずにざわめく。会社は花音の声を保存していなかった。双子だから区別できないと判断し、莉子一人の声から二人分を作っていたのだ。
莉子はハモリを止め、マイクを姉の幻影へ向けた。返るのは自分の残響だけ。
そのとき、会場後方から一つの生声が入った。花音だった。喉を壊したのではない。声の権利を守るため、録音されない生活へ逃げていた。彼女は観客席の通路で、低い音を一音だけ伸ばした。
莉子が高い音を重ねる。初めて、加工されていない二人の和音が会場を満たす。
最後の一音で、投影された偽物の花音が消えた。契約画面には、デュオ名と全音源を会社が所有し、姉妹にはそれぞれ「二分の一の人格利用権」しかないと表示される。
莉子は姉の手を取り、ステージを降りた。
「半分でいい」
愛情も歌も半分ずつ分けようという幼い約束ではない。会社に一つへ束ねられた名前から、自分一人分だけを切り離して返せという宣言だった。