売れない見出し

鞠谷文乃は、売れる題名を付けられない編集者だと言われていた。

人気作家の新作に、営業部長の津守は《妻を殺したのは僕だった》という帯を提案した。

文乃は反対した。

「結末を読まずに分かる言葉です。作品の中心を壊します」

「目立たない正しさは無能と同じだ。君の案では一冊も動かない」

文乃の案は、《最後のページを閉じる前に》。物語の真相ではなく、読み終えた人が自分の選択を疑う余韻を拾った言葉だった。

静かすぎると笑われ、担当から外され、発表会では来場者用の椅子を並べる係に回された。校正刷りへ触る権限も外された。

数日後、作者の蓮見冬一が打ち合わせを欠席した。

連絡もつかない。

津守は「気難しい作家の機嫌まで取れない」と、欠席の責任まで文乃へ押しつけた。

新作発表会当日、会場には大手書店と映像会社が集まった。

壇上の巨大画面に、津守の帯が映る。

開始直前、蓮見から動画が届いた。

本人は山間の取材先にいて、通信障害で連絡できなかったという。

動画の中で、蓮見は一冊の校正刷りを持ち上げた。

「今回、編集部へ同じ原稿を二種類送りました。情報管理と、最後まで読む編集者を確かめるためです。一つは本物。もう一つは、わざと誤った結末を付けたものです」

会場がざわめく。

津守の帯は、偽の結末をそのまま暴露していた。

「本物を最後まで読んだ人なら、あの題名にはしません」

蓮見は続けた。

文乃の案だけが、本物の主題を正確に表していた。さらに彼女は、偽原稿の不自然な伏線を指摘し、公開前の情報漏洩を疑う報告まで出していた。その報告は津守の判断で保留箱へ移されていたが、送信時刻は残っている。

津守は「若手の偶然だ」と言った。

画面が切り替わり、蓮見の署名入り契約条件が表示される。

《今後五作品の編集統括は鞠谷文乃とする。変更時は契約を解除する》

書店員たちの前で、社長は津守の発表資料を閉じた。そしてその場で新レーベルの組織図を開いた。

編集統括の欄へ、鞠谷文乃の名が入った。