夜明けの退職チャット

午前五時四十四分、ゲーム会社の社内チャットに最初の投稿が届いた。

〈左近司燈真:本日付で退職します。引き継ぎ先は固定メッセージにまとめました〉

五時四十五分、企画。

五時四十六分、プログラム。

五時四十七分、アート、音響、品質管理。

六時までに三十四人が同じ文面を投稿した。

右近史弥社長が目を覚ましたのは六時十二分だった。

〈右近:全員、今すぐ削除しろ。発売前に辞めたら業界で働けなくする〉

返事はなかった。

右近は発売直前の連続勤務を「祭り」と呼び、倒れた社員へ自己管理不足と通知した。自分は開発会議に出ず、完成が近づくとメディア取材で「私の世界観」を語った。

六時二十分、販売プラットフォームの担当者が外部ゲストとしてチャットへ参加した。

〈担当者:契約解除を通知します。責任者不在と重大な労務違反が確認されたためです〉

〈右近:ゲームの権利はうちにある〉

〈担当者:既存作品はそうです。次回作の企画契約は、左近司さんたちの新スタジオと締結します〉

燈真たちは半年前から、会社の知的財産を持ち出さず、退職後に作る完全新作を準備していた。発売中のゲームには保守手順を残し、ユーザーが困らないよう外部会社への引き継ぎも済ませてある。プラットフォーム側はその誠実さと企画力を評価し、初期資金も出す。

六時二十八分、労働基準監督署の臨検予定通知が総務チャンネルへ転送された。未払い残業の申告には、チャットの深夜投稿時刻とビルの入退館記録が添付されている。

六時三十一分、投資会社が追加出資の撤回を投稿。

六時三十三分、銀行が運転資金の停止を通知。

右近は管理者権限で社員を強制退室させようとしたが、取締役会が先に彼の権限を止めた。

〈取締役:本日、破産申立てを決議します〉

燈真が最後に一度だけ投稿した。

〈左近司燈真:ゲームオーバーではありません。プレイヤーが変わるだけです〉

六時四十分、旧会社のチャンネルが読み取り専用になる。同じ瞬間、新スタジオのチャンネルに〈開発開始〉の通知が灯った。