始発前のおにぎり

駅売店の倉庫から、合鍵がなくなった。

店長の倉科果歩は、始発前の薄暗いホームで鍵束を数え直した。冬の駅はシャッターの金属まで冷え、息を吐くたび売店のガラスが白く曇った。昨夜の閉店担当は塩見瑠奈。終電後に巡回した駅長の篠塚。午前四時に新聞を納品した宇田川。合鍵へ触れられたのは、その三人だ。

倉庫に商品を隠す泥棒なら、鍵を持ち去るより中身を盗るはずだ。棚の商品数は合っている。

代わりに果歩が見つけたのは、五時十二分のレジ控え。床に残る丸い魔法瓶の跡。そして売れ残りの地方紙を四つ折りにした即席の敷物だった。

倉庫の奥へ進むと、段ボールの陰に小さな折り畳み椅子が置かれていた。座面の裏へ合鍵がテープで留められている。隣には、まだ温かいおにぎりと味噌汁。

「見つかっちゃいました?」

瑠奈がシャッターの隙間から顔を出した。

最近、果歩は毎朝五時すぎに出勤していた。売店の準備が理由ではない。妻を亡くしてから一人で通院するようになった弱視の常連客を、改札から乗車口まで案内するためだった。以前は妻が切符を買い、売店で梅のおにぎりを二つ買っていた。果歩は一つだけになった注文を見るたび、声をかけずにいられなかった。誰にも頼まれず、勤務表にも書かず、始発前の二十分を使っていた。

瑠奈はそのことを知り、果歩が一度も朝食を取らないことにも気づいた。昨夜、合鍵で倉庫を開け、座れる場所と朝食を用意した。篠塚は椅子を運び、宇田川は敷物代わりの新聞を残した。

「私、子どもの熱で何度も代わってもらったから。返したかったんです」

「だからって鍵を椅子の裏に貼る?」

「店長、見える所だと片づけるでしょう」

図星だった。果歩は親切を受け取ると、借りが増える気がして落ち着かない。けれど瑠奈は、これは返済だと言う。篠塚は横から、「親切は帳簿に載せなくていい」と笑った。

やがて白杖の音が改札から近づいた。果歩は立ち上がりかけ、瑠奈に肩を押される。

「今日は私が案内します。店長は三分、座って」

果歩は海苔の巻かれたおにぎりを一口かじった。温かな梅が舌にほどける。

「じゃあ、三分だけ」