宝石工房の偽婚約指輪

宝石工房《丹砂》で、大河内一眞は婚約指輪を作業台へ叩きつけた。

「ダイヤが偽物だ。職人の丹生紬が本物を盗んだ」

 隣には婚約者と保険会社の査定員がいる。一眞は紬へ顎を上げた。

「五百万円を返せ。さらに盗難慰謝料を払え。若い女職人だから信用したのが間違いだった」

 紬は指輪をルーペで見て、交換事故申告書を差し出した。

「納品後、一度も石を外していない旨へご署名ください」

「当たり前だ」

 一眞は署名し、〈工房内で偽物へ交換された〉と追記した。

「これで警察もお前を逮捕できる」

 紬はリング内側へ細い光を当てた。

 台座の奥に、肉眼では見えない二つの文字列が現れる。ひとつは工房の製造番号。もうひとつは、石を外した工具の登録番号だった。

「この工具番号は、大河内様が経営する質店のものです」

「番号くらい盗める」

「交換時刻も残っています。昨日の二十二時十四分です」

 一眞の婚約者が顔を上げる。その時間、一眞は「出張中」と連絡していた。

 紬が申告書を査定員の端末へ置くと、納品時の三次元記録と現在の指輪が並ぶ。本物のダイヤには微細な星形内包物があり、今の石にはない。

 査定員が尋ねた。

「本物はどこです?」

「工房が隠したんだ!」

 一眞の携帯から通知音が鳴った。焦って画面を伏せたが、婚約者が先に読んだ。

〈昨日お預かりしたダイヤ、換金完了。偽石で保険請求が通ったら祝おうね〉

 送信者は、一眞の質店で働く愛人だった。

「これは迷惑メールだ」

「工具番号、交換時刻、メッセージ、そして『納品後は石を外していない』との署名がそろいました」

 紬は淡々と申告書を査定員へ渡した。

 一眞は婚約者へ笑いかける。

「説明するよ。保険金は結婚資金にするつもりで――」

 婚約者は指から別の指輪を外し、作業台へ置いた。石のない簡素な輪だったが、一眞が持ち込んだ偽物より、よほど澄んだ音を立てた。

 工房の扉が開き、査定員が呼んでいた刑事が入る。

 刑事は工具記録と署名を確認し、逮捕状を広げた。

「大河内一眞に、保険金詐欺未遂および宝石横領容疑で逮捕状を執行します」