家族会議は十時まで
花澄が家族グループのビデオ通話に入ると、母はすでに泣いていた。父は腕を組み、兄は画面を消している。議題は実家の修繕費だったが、十分で昔の学費や介護の話まで広がった。
「花澄はどう思う?」
その問いは意見を聞く形をしていて、実際には仲裁を頼む合図だった。花澄がどちらかを否定すれば、もう一方が傷つく。だから毎回、全員が納得する言葉を探して、深夜まで画面の前に残った。
今夜、花澄は机の横にキッチンタイマーを置いている。二十分に合わせてあった。
「修繕費は、見積もりが出てから話す。今日はそれだけにしよう」
「でもお父さんが昔から――」
「昔の話は今日しない」
「あなたは逃げるの?」
母の声と同時に、タイマーが鳴った。時刻は十時だった。
「私は十時で抜けるって最初に書いたよ」
「家族の話が終わってないでしょう」
「終わってなくても、今日は終わり」
父が「あと五分」と言い、兄の画面が点灯する。花澄は、実家の食卓で最後まで席を立てなかった夜を思い出す。母が泣き止むまで、父が黙るまで、兄が部屋から戻るまで。家族の感情が落ち着く時刻が、花澄の就寝時刻だった。
「次は見積書が来てから。候補日は明日送る」
「勝手に切ったら、話し合いにならない」
「切れる時間があるから、話し合えるの」
花澄は退出ボタンを押した。画面が暗くなり、四人分の声が一度に消える。胸は速く鳴っていたが、すぐに家族グループを確認しなかった。
冷蔵庫からプリンを出し、蓋を開ける。十時を過ぎたら食べないという母の決まりは、この部屋にはない。
十分後、通知を一度だけ見る。
父 今日はここまでにする
兄 見積書が来たら共有する
母 次は何時まで?
花澄は「次も十時まで」と返した。母から返事はなかったが、通話の再着信もなかった。画面を閉じると、部屋には冷蔵庫の低い音だけが残る。誰かが泣いているかを確かめなくても、夜はそのまま進んでいった。
プリンの底には、少し濃いカラメルが残っていた。花澄は時計を気にせず、最後までゆっくりすくった。