封を切られた初版本

月代ヶ原宗真の書斎から、封印された初版本が消えた。

百年前に百部だけ刷られた幻想文学の一冊で、著者の献辞と未発表原稿が綴じ込まれている。友人の柳生森景介は、古書会で自慢したいから貸してと頼んでいた。

「本は読んでこそ価値がある。友達なら触らせてくれて当然だろ」

宗真は、保存契約があるため断った。

数日後、景介の配信に本が映った。彼は封印をナイフで切り、綴じ込み原稿を一枚ずつ外し、視聴者へ見せている。最後には、著者の署名ページへ自分の蔵書印を押した。

宗真が止めに入ると、景介は笑った。

「ただの古本だろ。俺が紹介したから価値が上がった。友達の記念に一枚くらいくれてもいいじゃん」

未発表原稿の一枚は、すでに海外コレクターへ販売する話を進めていた。

宗真は古書店と保存財団へ連絡した。

初版本は文化資料として登録され、所有者、封印状態、紙の配置が高精細画像で記録されていた。開封により保存価値が大きく下がり、ページ分離と私印の除去には専門修復が必要となる。評価減と修復費は合わせて一千万円を超えた。

景介は、売ったページを戻せば問題ないと言った。

海外コレクターとのメッセージには、〈持ち主は価値を知らない友人だから、ばれない〉と書かれていた。送金は決済会社により保留され、ページは発送前に回収された。

さらに宗真の家へ入った方法も判明した。景介は読書会の帰りに書斎の鍵を持ち出し、合鍵を作っていた。

「本一冊で家まで失う額を取るのか」と景介は怒った。

「一冊ではない。百年残った状態を壊した額です」

保存財団の弁護士が、修復、評価減、無断配信、原稿売却未遂をまとめた請求書を出した。景介は収集していた古書を競売へ出し、自宅の売却益から残額を払う示談へ応じた。

修復後、初版本は財団の収蔵庫へ寄託され、宗真だけが閲覧許可を持つことになった。

新しい保存箱へ〈封印再設定・不正開封者 柳生森景介〉と記録された瞬間、友達だから一ページもらえると思った男には、自分の蔵書をすべて手放しても消えない一枚の請求書が残った。