居住者ゼロの管理組合

十三階の居住者数は、常にゼロと記録する。

管理費は毎月入金されるが、領収書を発行してはいけない。十三階から届いた苦情には、連絡せず現物だけを修理する。解決後は管理日誌へ《居住者ゼロ、対応済み》と書く。誰かに会っても、住人として数えてはいけない。

室鳩は築四十年のマンションで住み込み管理人をしていた。

建物は十二階の次が十四階である。十三階の苦情は、毎週月曜、管理人室の郵便受けへ薄い灰色の紙で届く。

《廊下の電球が夜だけ暗い》

《上の階から椅子を引く音がする》

《隣室の管理人が帰ってこない》

最後の一文だけ意味が分からなかったが、苦情の理由を尋ねることは禁止されている。

室鳩は工具箱を持ち、清掃用エレベーターへ乗った。十二階と十四階のボタンを同時に押す。十三階で開くと、自分が暮らす管理人室と同じ扉が廊下の突き当たりにあった。

ノックしてはいけない。合鍵で入る。

室内は室鳩の部屋と同じ間取りだった。違うのは、食卓に二人分の茶碗があり、壁の時計が十三時を指していることだった。誰もいない。廊下の電球は明るい。上階は存在しない。

隣室の扉を開けると、そこにも管理人室があった。さらにその隣にもある。どの部屋の机にも、室鳩が書いた管理日誌が置かれ、最後の行だけが空白だった。

《隣室の管理人が帰ってこない》

修理すべき現物は、玄関の壊れた呼び鈴だと判断した。室鳩は新品へ交換し、ボタンを一度押した。

廊下中の部屋から、同時に返事がした。

「今、帰ります」

自分の声だった。

室鳩は工具箱を閉じ、振り返らずエレベーターへ戻った。管理人室で日誌に《居住者ゼロ、対応済み》と記す。すると入金通知が一件増え、支払名義に室鳩の名前があった。

夜、自室の呼び鈴が鳴った。覗き穴の外には誰もいない。廊下には濡れた足跡が十三個あり、すべて室内へ向いている。

翌朝、郵便受けの内側に、豆粒ほどの呼び鈴が取りつけられていた。

室鳩が触れていないのにボタンがへこみ、郵便受けの暗い奥から、「居住者ゼロです」と小さな声が十三人分重なって返事をした。