屋根の切れ目まで
部室棟から校舎へ続く道には、屋根が途中までしかない。
突然の豪雨で、私は屋根の切れ目に立ち尽くした。向こうの校舎まで二十メートル。走ればすぐだが、抱えている美術作品を濡らすわけにはいかない。
背後から、苦手な先輩が来た。
いつも無表情で、私の絵を見るたび「惜しい」としか言わない人だ。今日抱えているのは、雨の前の校庭を描いた作品だった。自分では完成させたつもりなのに、先輩の一言が頭から離れず、提出箱の前で引き返してきた。
先輩は傘を開いた。
「入る?」
「作品だけでいいです」
「君も入らないと持てないでしょ」
相合い傘で歩き出した。大きな画板を二人の間に立てたので、互いの顔は見えない。傘を持つ先輩の腕だけが、画板の上から伸びている。
「これ、コンクールに出すの?」
「やめました」
「どうして」
「また『惜しい』って言われるから」
言ってから、子どもっぽかったと後悔した。
先輩は足を止めた。傘の縁から雨が線になって落ちる。
「僕が言ったから?」
「毎回ですよ」
「惜しいは、もう少し見たいって意味だった」
「普通は伝わりません」
「今、知った」
画板の向こうで、先輩が小さく息を吐いた。
「僕、褒めるの下手なんだ」
「知ってます」
「この絵、好きだよ」
「急に上手すぎます」
「じゃあ、惜しい」
「戻ってます」
二人とも笑った拍子に画板が傾き、端が傘の外へ出た。先輩は自分の肩を雨にさらして作品を守った。
校舎へ着くと、先輩の制服は片側だけ色が変わっていた。
「出しなよ」
「先輩が濡れたから?」
「違う。僕が卒業したあと、結果を聞く理由がほしい」
初めて聞く話だった。先輩は来春、遠くの学校へ進む。
私は作品を抱え直した。
「じゃあ、入賞したら連絡します」
「しなかったら?」
「そのときも。『惜しい』って」
「使い方が違う」
「伝わればいいんです」
雨はまだ降っていた。
屋根の切れ目から校舎まで、ほんの二十メートルだった。
けれどその短い相合い傘の中で、私は一枚の絵を提出する理由と、卒業後も先輩へ連絡していい口実を、同時に手に入れた。