展示ケースの裏口
古生物博物館の閉館後、収蔵係の柿崎がガラス展示ケースの中で死んでいた。正面は継ぎ目のない一枚ガラスで、内部には四百キロの化石石板が固定され、背面は壁へ密着している。ケースを解体するまで遺体を動かせず、通常の出入口そのものが見当たらなかった。
出入りできたのは学芸部長の清原、警備員の壬生地、展示大工の恵比寿。柿崎は目玉化石が精巧な複製品へ交換されたことを知り、三人の勤務記録を調べていた。清原は講演会、壬生地は正面ホールのカメラ、恵比寿は「七時前に裏の工事を終え帰宅した」と話す。警備員は正面ガラスが一度も外されていないと何度も強調し、清原はケースの設計図に裏側の扉はないと示した。恵比寿だけが図面を一瞥して、『壁まで一枚物だ』と断言した。
ケースは壁との隙間が指一本ほどしかない。私は正面の密室らしさをいったん忘れ、三つの痕跡だけに注目した。
第一。ケース背面の床埃に、幅一メートルの新しい長方形がある。重いケースが壁から前へ引き出され、再び同じ位置へ戻された跡だった。
第二。背面壁の化粧パネルは、ねじ頭だけが壁色に塗られ、ねじ山には埃も塗料もない。見かけとは違い、今夜取り外されている。
第三。柿崎の靴底には壁裏の工事用通路だけで使う白い床ワックスが付き、午後七時十二分のカメラには、中央の帆布が人ひとり分沈んだ恵比寿の大型工具台車が戻る映像が残っていた。
恵比寿は忘れ物を取りに来ただけだと言った。誰も問わないうちから、壁の向こうを指さしていた。
ケースの正面は使われていない。恵比寿は工事用通路で柿崎を殺し、台車で運び、壁パネルを外してケースを前へ滑らせた。背面から遺体を入れ、内錠を掛け、パネルとケースを戻せば正面だけの密室になる。床埃の長方形がケースの移動を、清潔なねじ山が裏口を、靴底の白いワックスと台車映像が搬入経路と実行者を示す。仕掛けは取り外せる背面一つ。塞がれた正面より、壁の裏が雄弁だった。 一枚ガラスの正面は、背面から作業した者には何の障害にもならない。