差出人のない礼状

棗原朝子の評価面談中、差出人のない封筒が机へ届いた。

子ども支援団体の寄付管理に入って十か月。新規寄付の獲得数は少なく、華やかな催事にもほとんど出ていない。朝子の机には、戻ってきた封筒や住所変更の付箋が積まれ、数字にならない修正だけが毎日残った。

「支援者と顔を合わせる機会を増やさないと。データばかり見ていても関係は作れない」

部長が指したのは、その日発送する六百通の礼状だった。朝子は午前中、その印刷をすべて止めていた。

宛名一覧の一通に、亡くなった寄付者の名前が残っていた。世帯情報を統合した際、配偶者が継続している寄付まで故人名へ上書きされていたのだ。調べると同じ状態が十八世帯あった。中には、亡くなった子どもの名前を世帯代表にしたままの記録もある。朝子は印刷機を止め、封をする前の礼状を一通ずつ回収した。封筒の重みは、どれも同じだった。予定どおり送れば、遺された人へ故人名で「今後もご支援を」と届く。

後輩は自分の統合作業を謝った。朝子は、個人の確認不足にはしなかった。システムに〈故人〉を世帯代表から外す条件がなく、画面にも警告が出ない。二人で宛名を直し、故人情報を残しながら現受領者を別に管理する手順へ変えた。後輩には、名前を消すことと、記録を正すことは違うと伝えた。新しい礼状には、支援者が希望する呼ばれ方を確認した日付も残した。

部長は発送の遅れを評価から外さないと言った。そして、寄付額を伸ばすイベント担当への異動を勧めた。

朝子は届いた封筒を開けた。中には一枚だけ、〈夫の名ではなく、私の名で呼んでくださってありがとう〉とあった。差出人はない。それでも、今朝電話で宛名を確認した一人だと分かった。

朝子はイベントの応募票を閉じ、希望職種に〈支援者情報管理〉と書いた。人を増やす前に、すでにいる人の名前を正しく扱う仕事だった。

修正した六百通の発送データと、情報管理担当への異動願を、朝子は同じメールへ添えて送った。