帰還重量あと二キロ
酸素残量五分。椎葉壮介は小型船を軌道基地のドッキング口へ合わせた。
胸には青く発光する二キロの地外試料。保護条約は現地物質の持ち出しを禁じている。微細な生態系を壊す恐れがあるためだが、空のケースで帰れば探査計画そのものが打ち切られる。人類初の生命痕跡だった。
通信へ告げる。
「規定外の採取をした」
管制官が答える。
『帰還質量が上限を超えています。違反物を申告してください』
接続拒否。酸素がゼロになる瞬間、壮介は再び五分前の操縦席へ戻った。試料は胸で同じ青を放つ。
質量を上限以下にし、違反申告を受理されればループは終わる。だが試料を捨てれば、十二年の探査と、自分の名が歴史に残る可能性が消える。
二周目、工具箱を投棄した。
「規定外の採取をした」
『不足二キロ。違反物を申告してください』
三周目、座席、予備水、帰還後に必要な放射線遮蔽まで捨てた。船体質量は下がっても、管制は試料そのものを違反物として認識していた。
五周目、壮介は試料を「生命維持装置」と偽って申告した。接続口は一度開き、すぐ閉じた。白い光。五分前。
七周目、管制官が静かに言う。
『あなたは帰りたいのですか。発見者として帰りたいのですか』
壮介は青い光を見た。試料の中には、地球外生命の証明だけでなく、無断採取した自分の判断も保存されている。持ち帰れば英雄になれるか、規定違反者になるか。どちらにしても、手放したくなかった。
八周目。
「規定外の採取をした」
『違反物を申告してください』
「発見者という名前ごと、投棄する」
壮介は試料ケースと、解析データを記録した個人端末を排出した。青い塊は宇宙へ滑り、通信圏外へ消える。船の質量表示が二キロ減った。
ドッキング許可。接続音が響き、酸素残量は四分五十九秒から四分五十八秒へ進んだ。
基地へ戻った壮介を待っていたのは、歓声ではなく事情聴取だった。窓の外で、青い試料が小さな星のように遠ざかる。
彼だけが知る生命の証拠は、誰にも証明されないまま闇へ消えた。