廊下の灯りは三十秒
廊下のセンサー灯は、点いてから三十秒で消えた。
水谷の部屋では、玄関扉の下に細い光が差す。誰かが通るたび白くなり、十五秒ほど動かず、残りの十五秒でゆっくり暗くなる。光が消えると、室内には充電器の赤と、エアコンの表示だけが残った。
水谷は今夜、友人の結婚報告へ返事を書けずにいた。
嬉しい。驚いた。おめでとう。どれも本当だった。けれど写真の二人があまりに迷いなく見え、自分の部屋の静けさだけが不備のように感じられた。既読を付けたまま、文章を何度も消した。
廊下の灯りが点く。
足音が通り過ぎ、エレベーターが下へ動く。三十秒後、暗くなる。
また点く。今度は犬の爪が床を小さくたたき、リードの金具が鳴った。誰かが「しー」と囁き、足音は階段へ消えた。三十秒後、暗くなる。
灯りは散歩へ出る理由も、帰る時刻も尋ねない。犬と人の足元を同じ白さで照らし、通り過ぎれば消える。水谷はその公平さを見ながら、自分の人生にも今夜の目的を説明しなくてよい場所が少しはあると思った。
水谷は扉の前まで行った。のぞき穴を見ることもできたが、しなかった。光は誰が通ったかを知らせるためではなく、足元を照らして消えるためにある。
エアコンの羽根が向きを変える。窓の外で小雨が排水管を流れる。廊下は暗いままだった。
水谷はメッセージ欄へ「おめでとう。写真、二人らしくて好き」と打った。自分の近況は書かなかった。質問も足さなかった。今夜伝えたいのは祝福だけで、それ以上を同じ文章へ詰めなくていい。
送信すると、すぐ画面を伏せた。返事を待つための灯りにはしなかった。
廊下がもう一度明るくなる。宅配の台車らしい車輪がゆっくり通り、扉の前では止まらず遠ざかった。三十秒。光は薄くなり、完全に消えた。
暗くなることは、誰もいなくなった証拠ではない。必要な足元を照らし終えただけだった。
扉の下の光には、ときどき水谷自身の足の影も重なった。部屋の内側にいる自分も、廊下から見れば誰かの気配になる。姿を確かめ合わなくても、建物はそうした薄い影を重ねている。水谷は扉から一歩離れ、消えていく明るさを最後まで追わなかった。
水谷は玄関からベッドへ戻った。友人の新しい生活と、自分の眠れない部屋は、同じ夜に別々にあっていい。次の光を待たず、一人で目を閉じられそうだった。