廊下百メートルの記録

陸上部の彼女は、最後の大会を前に足を骨折した。

走れないまま引退した。

卒業前夜、私たちは校舎の端から端まで百メートルを測った。

屋内用の柔らかい靴。走るのではなく、歩く。医師から許された範囲だけ。

それでも彼女はスタートラインに立つと、競技前の顔になった。

「記録、取って」

私はストップウォッチを構えた。

夜の廊下には、ワックスと古い木の匂いがした。教室の扉が並び、窓の外で街灯が光っている。

「位置について」

彼女は松葉杖を壁へ立てた。

「用意」

歩き出す。

一歩ずつ。

十メートルで息が上がる。二十メートルで顔が歪む。

「やめる?」

「続ける」

医師の指示では、痛みが出たら止めることになっていた。私たちの計画は、最初からぎりぎりだった。

三十メートルで立ち止まった。

彼女は壁へ手をついた。

「走りたかった」

初めて聞いた本音だった。

大会の日も、表彰式の日も、「仕方ない」と笑っていた。

「走らなくていい」

私が言うと、彼女は泣いた。

「最後くらい、そう言ってほしかった」

みんな、また走れる、次があると励ました。彼女には、走れない自分をそのまま認める言葉が必要だったのだ。

私たちは三十メートル地点へ座った。

百メートルを完走しないことにした。

ストップウォッチは動き続けていた。

十分。二十分。

将来の話をした。彼女は競技をやめ、理学療法士を目指す。私は町を出る。

「この記録、どうする?」

「止めないで」

三十分後、警備の足音が聞こえた。

慌てて立ち上がり、松葉杖を取りに戻る。

結局、三十メートルからスタート地点までのほうが速かった。

校舎を出てから、ストップウォッチを止めた。

記録は四十二分十七秒。

翌日、彼女はタイムをノートへ書いた。

『廊下三十メートル・自己ベスト』

誰にも見せない記録。

卒業後、彼女はリハビリを終えたが、競技には戻らなかった。

それでも時々、四十二分十七秒の画面を送ってくる。

走り切れなかった距離が、終わりではなく別の進路のスタートになったことを、私たちだけは知っている。