弔辞より先に
粟田庄一は、叔母の葬儀を「いちばん安い形で」と注文した。
それ自体は悪くない。葬儀担当の杵島廉が気になったのは、その次だった。
「棺は安物でいい。ただし会葬者には上の等級だと言え。祭壇は写真だけ豪華に見せろ」
叔母を三年間世話した介護士が挨拶に来ると、粟田は名乗らせもせず追い返した。
「身内の席に他人を入れるな。遺品にも触らせるなよ」
廉は、叔母が生前に残した葬儀希望書を開いた。半年前、本人が杖をついて相談室へ来て書いたものだ。小さな式、好きだった白菊、介護施設の人たちを招くこと。費用は本人の預金から支払うこと。
「ご本人の希望を優先します」
「死んだ人間より、客の言うことを聞け」
粟田は受付台を指で叩いた。
「俺が相続人だ。ここの代金を決めるのも俺だろ」
廉は、故人の預り金で契約が成立していると説明した。希望書には本人の署名と公証人の確認印もあり、変更には正当な理由が必要だった。粟田は舌打ちし、香典返しを最低額に下げ、差額を自分へ返せと言う。
式の朝、介護施設の職員たちは後方へ静かに座った。一人は、故人が毎朝使っていた毛糸の膝掛けを抱えている。粟田は最前列で、会葬者の数と香典袋ばかり数えている。
「弔辞は短くしてくれ。終わったら司法書士が来るんだ。遺産の話が先だ」
開式前、黒い鞄を持った公証人が到着した。廉は控室へ案内しようとしたが、粟田が会場で読めと言い張った。
「親族が俺一人だと、みんなに分からせたほうがいい。相続の話まで聞けば、席順にも納得するだろ」
公証人は念を押した。
「内容をこの場で公表してよろしいのですね」
「早くしろ」
封筒が切られた。
粟田は口元を整え、親族代表としてうなずく準備をした。遺言書には、彼の名も一度だけ出てきた。葬儀へ来た場合、本人の希望どおり介護職員を参列させること。その確認に続いて、財産の条項が読み上げられる。
「預貯金および不動産のすべてを、長年世話を受けた白樺介護会へ遺贈する。甥、粟田庄一には相続させない」