忘れたふりの初詣

初詣の帰り、侑子は晴臣と二人だけ取り残された。

 友人たちは屋台の列へ戻り、終電まで十三分。駅へ続く参道は人で詰まり、追い越すことも逃げることもできない。

「四年ぶりだね」

「そうだっけ。忘れた」

 侑子は前だけを見た。

 別れたあと、友人たちには「私から振った」と話した。実際は逆だった。晴臣に「好きって一度も言わないよね」と聞かれ、侑子が「言わなくても分かるでしょ」と答えた翌週、彼から別れを告げられた。

 好きだと言うのが怖かった。言葉にしたほうが負けだと思っていた。

 今さら本音を言えば、四年間ついた見栄まで認めることになる。それが、今も言えない理由だった。

「さっき皆に、まだ根に持ってるって言われた」

「何を?」

「侑子に振られたこと」

「忘れた」

 二度目は、少し声が上ずった。

 晴臣は笑う。「じゃあ、俺の記憶違いかな」

「そうじゃない?」

「別れようって言ったの、俺だった気がする」

「細かいこと覚えてるね」

「大事だったから」

 参道の時計が零時二十二分を示す。終電まで八分。人波は動かない。

 侑子のスマートフォンに、友人のグループチャットが届いた。

『元カレと二人で新年早々修羅場?』

 続いて笑うスタンプが並ぶ。四年前、自分が作った話の続きだった。

「訂正しないの?」

 晴臣が画面を見ずに言った。

「何を」

「俺が振られたって話」

「どうでもいいでしょ」

「俺はどっちでもいい。でも侑子、ずっとその話守ってるから」

「守ってない」

「じゃあ忘れれば?」

 言い返せなかった。

 駅の発車案内が見えた。終電まで四分。ここで別れれば、また一年でも四年でも会わずに済む。

「忘れた」

 三度目に打ち込んだのは、グループチャットだった。

『ごめん。今まで言ってたの嘘。振られたのは私。好きって言えなくて、愛想つかされた』

 送信すると、すぐに既読が増えた。晴臣のスマートフォンも震える。

「そこまで書く?」

「四年分の訂正」

「最後の一行は?」

「事実」

「過去形?」

 終電のベルが遠くで鳴った。

 侑子は答えず、晴臣の連絡先を検索した。削除したはずの番号は、クラウドの候補に残っている。

 復元ボタンを押した瞬間、ホームへ駆け込む人たちが二人を追い越していった。

「走らないの?」

「新年から転びたくない」

 終電が発車する音を聞きながら、侑子は晴臣の名前の横にあった『元』の一文字だけを消した。