怪物の絵本におしまいを

王立図書館の児童書係ベルノアは、絵を文章に直すだけの地味な翻訳士だった。

魔導書研究員は「絵本など、字の読めない子の玩具だ」と笑い、封印棚の点検を彼女へ押しつけた。

【固有スキル《媒体翻訳》:同一の意味を持つ表現を、文章・音声・画像の異なる媒体へ置き換える】

その夜、封印絵本《食べ続ける黒犬》が開いた。

頁から飛び出した怪物は、本を読んだ子どもの影を呑み、呑むほど大きくなる。剣で斬れば次の頁に描き直され、火で焼けば挿絵の雨が消した。

研究員たちは最上級魔法を撃ち続け、かえって頁をめくった。残る子どもは一人。黒犬は図書館の天井まで膨らみ、口を開く。

ベルノアは破れた絵本を拾った。

文章は途中で終わっている。だから物語の怪物は、食べる行為を終えられない。

だが裏表紙の布地に、薄い凹凸があった。光を斜めから当てると、消された最後の挿絵が浮かぶ。

小さな黒犬が家へ戻り、扉が閉じ、窓の灯りが消える絵。

ベルノアは挿絵を文章へ翻訳した。

「黒犬はお腹いっぱいになり、影をみんな返しました」

怪物の腹が開き、呑まれた影が子どもたちの足元へ戻る。

「黒犬は自分の家へ帰りました」

巨大な身体が頁へ引かれ、小さな絵になる。

「扉は閉まり、夜は静かになりました」

最後に、文字のない閉じた本の絵を一語へ置き換える。

「おしまい」

絵本が自ら閉じ、金具が噛み合った。何度魔法を当てても終わらなかった怪物は、句点一つの向こうへ消えた。

戻った影は子どもたちの足へ一つずつ重なり、顔色も声も元に戻った。研究員の攻撃記録を確認すると、最上級魔法を撃つたびに《黒犬はもっと怒りました》という新しい頁を自分たちで増やしていたことが分かる。強い魔法ほど、怪物へ続きを与えていたのだ。

主任研究員は焦げた杖を置き、玩具と呼んだ絵本を両手でベルノアへ返した。彼女は金具を二重に留め、最後の頁が二度と破られないよう修復箱へ収める。

研究員たちが黙る中、子どもがベルノアの袖を握る。その瞬間、児童書係の札が頁のようにめくれた。

【職業《絵本翻訳士》が上位職《物語完訳師》へ書き換わりました】