恋文の最初の宛名
仮面夜会で、敵国王子宛ての恋文が読み上げられた。
末尾にはカリオペの署名があり、祖国の情報を持って駆け落ちしたいと綴られている。
「婚約者を裏切り、敵へ身を売ったな」
ヴァルター王子は手紙を掲げた。
「カリオペ・ラスカン。婚約を破棄し、反逆罪で拘束する」
読み上げられた甘い言葉の端々に、カリオペは覚えがあった。ヴァルターが求婚の頃、自分へ贈った比喩と同じだったからだ。かつて大切にした言葉が、今は首へ巻く縄として使われている。胸は痛んだが、未練ではない。彼が真心さえ使い回す人間だったと、ようやく理解した痛みだった。
密会相手とされたファビアン王子も、外国使節席にいる。だがカリオペは彼の否定を待たなかった。
「その封蝋には、宛先水晶が入っています」
彼女はヴァルターの手から手紙を取り、ファビアンへ視線を向けた。
「起動鍵をお借りします」
ファビアンは鍵だけを差し出す。宛先水晶は、手紙が最初に書かれたときの筆者と宛名を保存する。名前を書き換えても、封を作り直しても、最初の文字だけは消えない。
カリオペが鍵を回すと、現在の文章が薄れ、その下から金文字が浮かんだ。
筆者――ヴァルター・アレスト。
最初の宛名――王宮舞姫殿。
駆け落ちを望み、王家の宝石を持ち出す計画を綴ったのは、ヴァルター自身だった。彼は自分の恋文を書き換え、カリオペの机へ入れたのだ。
「ただの若気の過ちだ。君を試すために再利用しただけで――」
「反逆文書として?」
ヴァルターは周囲の顔色を読み、婚約破棄を撤回する、君を正妃にすると言った。
「最初の宛名にも、今のわたくしにも、あなたは人ではなく役名しか見ていません」
カリオペは署名部分を破り、彼の足元へ落とす。
「破棄を受諾します。次の手紙は、自分の名で、自分の行き先を決めて書きます」
元婚約者に背を向けると、ファビアンが和平使節団の文官として来ないかと手を差し出した。カリオペは噂の恋ではなく、自分が選ぶ旅路へ、その手を取った。