手を振るロボット
埴谷稔里が非常停止ボタンを解除すると、ロボットの右腕がゆっくり上がった。工学棟のサークル室には、筧田蒼生と布施屋莉々しかいない。全国大会で予選落ちし、企業協賛も切れ、大学はロボコン部を年度末で廃止すると決めた。
「最後の動作、何にする?」
蒼生が制御画面を開く。
「物をつかむ」
「もう運ぶ物ないよ」と莉々が言う。
「じゃあ、手を振る」
稔里は自動車メーカーの開発部へ入る。面接では、このロボットの失敗を成功談に言い換えた。
「量産できるものを作る。次は、三人しか直せない機械にしない」
蒼生は芸術大学院へ進む。機械工学科の首席が、動く彫刻を作るという。
「勝つための形、飽きた。倒れても意味がある形を作りたい」
「大会で倒れたの、芸術だったことにする?」
「今ならできる」
莉々は就職を辞退し、実家へ戻る。障害のある弟の介助をするためだ。
「福祉機器の会社、受け直すかも。でも今は家の段差を測る」
「この腕、持っていく?」
「重すぎる。うちで必要なのは、持ち上げる力より、止まれることだから」
三人は黙った。大会でロボットが転倒したのは、停止命令が遅れたせいだった。誰が遅らせたかではなく、止める権限を一台の端末に集めた設計が悪かった。負けたあとで分かった。
蒼生がプログラムを書き換え、稔里が角度を調整し、莉々が安全範囲を確認した。最後の共同作業は、勝つ動作ではなく、別れの動作だった。
「速度、もう少し速く」
「危ない」
「手を振るだけだよ」
「手を振る時が一番、近くに人がいる」
莉々の言葉で、速度は半分になった。
解散届へ署名し、工具を箱へ収める。三人が扉の前に並ぶと、センサーが反応し、ロボットの腕が左右へ動いた。
稔里は工場へ、蒼生は展示室へ、莉々は家へ帰る。三人とも機械に触れ続けるが、同じ目的ではもう集まらない。
消灯のため主電源を切る直前、蒼生が制御用バッテリーだけ残した。
「五分で止まるから」
扉が閉まったあとも、ロボットは空いた三脚の椅子へ向かって手を振り続けた。やがて動きが遅くなり、最後は別れか故障か分からない角度で、腕を上げたまま止まった。