折り畳まれた壁
学校法人の理事、宿毛晴比古が音楽室から消えた。
廃校予定の中学校で、統廃合の最終聞き取りが行われた。午後四時、宿毛は旧音楽室へ入り、教員の楠見由里子、生徒会長の俵森理央、改修業者の網代義邦を廊下へ出した。宿毛は内側から鍵を掛け、「十分で結論を出す」と言った。
十分後、返事がない。楠見が管理鍵で開けると、机上に廃校同意書があるだけで、宿毛はいなかった。窓は内側の金具で閉じ、換気口は細い。廊下の扉は三人が見張っていた。
壁の向こうは、使われていない視聴覚室だった。そこにも人はいない。網代は「鉄筋壁です。貫通など不可能」と言ったが、楠見は昔、この二室を一つの講堂として使った記憶があるらしい。
私は現在の壁を前に、三つのずれを確かめた。
壁には新しい吸音材と灰色の壁紙が貼られ、昔の講堂を知る楠見でさえ、可動部分の境目を見つけられなかった。網代は改修完了の検査書に署名している。だからこそ、壁が動く可能性を真っ先に否定したのだろう。
一つ。校舎図面では二室を合わせた幅が十四メートルなのに、実測すると音楽室と視聴覚室の合計は十三・二メートルしかなかった。
二つ。壁際の床に積もった白いチョーク粉が、中央の幅八十センチだけ直線的に途切れていた。
三つ。音楽室で鳴らしたメトロノームが、廊下よりも隣の視聴覚室で明瞭に聞こえた。
俵森が壁紙の継ぎ目へ爪を入れた。細い板が手前へ動いた。
「壁ではなく、折り戸ですか」
「八十センチ幅の防音折り戸を畳み、壁内の収納へ収めれば、人が通れる。あとで広げれば一枚の壁に戻る。失われた八十センチ、途切れた粉、通りすぎる音が、その収納部分を示しています」
網代は改修時、古い可動間仕切りを撤去したと偽って残し、宿毛に使い方を教えた。宿毛は視聴覚室へ抜け、裏階段から教育委員会へ向かった。廃校を決める不正資料を持っていたのだ。
私は同意書を閉じた。
「一室から消えたのではありません。二室を隔てるはずの『壁』が、八十センチだけ折り畳まれたんです」