折れた羽根ペンの証言
王宮書記ヴァドの机には、嘘を真実へ変える黒い羽根ペンが置かれた。
正確には、ペンへ姿を変えさせられた墨魔族セプティだった。軸の金環に宰相ルグスの所有印があり、書かれた命令は王印がなくても現実になる。その力で無実の者が罪人に、敗戦が勝利に書き換えられた。セプティは一画ごとに自分の血を墨として失っていた。
「今日から君が使え」と宰相は言った。
「私の印へ替えるのですか」
「そうだ。まず『宰相に逆らう者は反逆者である』と書け」
ヴァドは金環を回した。内側には小さな爪があり、セプティの心臓に当たるペン先を固定している。所有印を重ねれば爪はさらに深く刺さる。
彼は命令文ではなく、辞職届を紙へ置いた。
そして羽根ペンの先を、机の縁へ叩きつける。
黒いペン先が折れた。
宰相は笑った。
「壊せば魔族も死ぬ」
だがヴァドが折ったのは文字を現実へ縫い留める命令針だけだった。金環から所有印が墨となって流れ、床へ落ちる。羽根ペンはセプティの姿へ戻った。
「自由だ。北門の通行証は机の下にある」
「あなたは処刑されます」
「偽文書を何百枚も清書した。遅すぎるくらいだ」
「私が自由になれば、その罪をあなた一人へ押しつけるでしょう」
「なら事実を話す。君が戻らなくても」
セプティは通行証を取り、窓から墨の鳥になって消えた。
翌朝、ヴァドは裁判台へ立たされた。宰相が用意した判決書には、すでに死刑と書かれている。
裁判官が読み上げようとした瞬間、紙面の文字がすべて剥がれ、空中で黒い鳥へ変わった。
鳥はセプティの姿で証言席へ降りる。
「私は命じられていない」と彼女は言った。「だから今日書くことだけが、私の証言です」
自分の指を墨へ変え、宰相の偽造命令を一行ずつ法廷の白壁へ記した。命令針を失った文字は現実を改変しない。ただ、隠されていた事実だけを映した。
衛兵が宰相を取り囲む。
セプティは最後に、折れた羽根ペンをヴァドへ柄から差し出した。
「また私を使うのか」
「使わない。書くかどうかは君が決める」
「では共同で、裁判記録を」
彼女は新しい筆を二本用意し、一本を彼へ渡した。金環の所有印は、最初の真実を書き終える前に乾いて剥がれた。