振動する値札
宝飾展の内覧会を一時間後に控え、中央ケースの侵入検知が五度目の警報を出した。
ケースには一億円の首飾りが収められている。展示責任者は警備員の大河内紗英へ言った。
「振動センサーの感度を下げて。客の前で鳴ったら困る」
大河内は装置に触れず、五回の発報時刻を監視カメラの一覧へ書き込んだ。
すべて、地下の搬入用エレベーターが一階へ着いた直後だった。カメラを二画面並べると、警報の瞬間、ケースの前を誰も通っていない。代わりに裏廊下を銀色の配膳車が走っていた。
床の継ぎ目で左前輪が跳ね、その振動が壁を通じて展示台へ届いている。
ホテル側は「台車をゆっくり押す」と約束したが、大河内はそれだけでは再発すると考えた。宴会スタッフは交代し、注意事項は人と一緒に消える。彼女は配膳車の経路を隣の廊下へ変え、継ぎ目には厚い厚い敷物を敷いた。さらに実際に同じ重さの台車を通し、警報が出ないことを確認する。
責任者は焦った。
「もう止まったなら、センサーを一時解除して搬入を続けよう」
「解除した時間は、台車だけでなく人にも分かります」
警報音が消えたケースほど、触ってよいように見える。内覧会前の慌ただしさは、作業員と来場者の境界も曖昧にする。
大河内は感度を維持したまま、監視カメラの一台を裏廊下からケース側へ振った。原因を取り除いても、搬入中だけ生じる見えない場所は残るからだ。
大河内は空の台車と満載の台車を一度ずつ通した。軽い時に鳴らなくても、重さで床の揺れは変わる。確認を一回で済ませれば、開場後だけ再発する。
六台目の配膳車が新しい経路を通る。中央ケースは静かなままだった。
開場十分前、責任者が首飾りの値札をまっすぐに直そうと手を伸ばした。大河内が「ケースに触れます」と声をかけると、責任者は苦笑して手を引いた。自分だけは例外だと思う瞬間が、一番記録から抜ける。
扉が開き、最初の招待客が入ってきた。シャンパングラスの台車も続く。
大河内は宝石ではなく、床の継ぎ目と人の手を交互に見た。静かになった警報の仕事は、そこから始まる。