捨てた時間の近道

安曇ヒカルの前で、近道扉が赤く光った。

《時間廃棄扉》

残り時間を六十秒消費し、五分先の区間へ転送します。

《残り:180秒》

三つ使えば、ゴールへ直行できる。上位組は迷わず扉へ入り、残り時間をゼロにして姿を消した。

「最速クリアだ!」

歓声だけが残る。だがランキングへ彼らの名は載らない。

ヒカルは扉を使わず、崩れる通常路を走った。五分、十分。残り時間は減らない。廃棄しない限り、タイマーは数字を保っている。

途中の壁に説明板があった。

《残り時間》

現実世界で接続者の意識を保持できる猶予。

制限時間ではない。命の残量だった。

近道でゼロにした者はゴールへ転送されたのではなく、意識を失った。姿が消えたのは、走者データを維持できなくなったからだ。

通常路の終点には、巨大な復帰装置がある。

《起動費用:百二十秒》

ヒカルは自分の残り時間を投入した。六十秒だけ残る。装置が動き、近道で消えた走者たちのデータが順に復元される。

彼らはゴール目前へ戻るが、残り時間ゼロで動けない。ヒカルは最後の六十秒を一秒ずつ配り、全員を線の向こうへ押した。

自分の表示がゼロになり、視界が暗くなる。次に目を開けると、現実の救命室だった。

《最速走者:該当なし》

《復帰装置起動者:安曇ヒカル》

救命室で目覚めた上位走者たちは、近道を通った記憶だけが欠けていた。時間を捨てるたび、その六十秒に含まれていた思考や感情も一緒に削除されていたのだ。

ヒカルの残り時間はゼロになったはずだが、救助された走者たちが現実側から一秒ずつ返したため、意識は繋ぎ止められた。

近道扉は閉鎖されず、説明だけが大きく書き換えられる。

《五分を縮めます。あなたの六十秒と交換します》

誰も二度と、それを無料の近道とは呼ばなかった。

通常路を歩いたヒカルの記憶には、崩れた橋で迷った時間も、壁の説明を読み返した時間も残っている。遅かったからこそ、それらを誰かへ伝えられる。

救助された走者たちは近道の前へ案内板を立て、失う六十秒に何を考えられたかを書き始めた。

《時間廃棄扉の転送先を訂正――五分先ではなく、残り時間を失った者の意識停止地点》