敵の血で生きる

治療幕へ運ばれた三人は、全員もう脈が薄かった。

癒やし手のリゼルは薬箱を閉じた。傷が深すぎる。残る手段は、幕の柱へ立てかけた赤い剣だけだった。

《血渡し》は、刃で触れた負傷者へ使い手の血を流し込み、どんな傷でも塞ぐ。その代わり、失った分と同じだけ、直前に斬った敵の血が使い手へ入る。夜鬼の血は傷を塞ぐ力が強い代わり、日光と人の匂いを憎む。混じる量が半分を越えれば、癒やし手の知識は残っても、救うべき相手を獲物として感じ始める。

剣が最後に斬ったのは、灰色の皮膚を持つ夜鬼だった。

「一人だけにしろ」

軍医が言った。

リゼルは最年少の兵の胸へ刃先を当てた。自分の腕に細い傷が開き、赤い血が剣を通って兵へ流れる。潰れた肺が膨らみ、脈が戻った。

同時に、冷たい黒い血がリゼルの腕へ逆流した。

爪の根元が灰色になる。

二人目は伝令だった。腹を裂かれながら、敵の進路を知らせるため戻ってきた。リゼルが剣を当てると傷は閉じ、彼女の左目の白目が黒く染まった。

「もうやめろ」

軍医が腕をつかむ。その手を、リゼルは以前より強い力で振りほどいた。

三人目は彼女の兄だった。

首の脈はほとんどない。幼いころ、夜が怖い彼女のため、朝まで寝床の横に座っていた人だ。

「一人だけにしろと言った」

「もう二人救った」

「だから残っている人の血は、半分以下だ」

リゼルは兄へ刃を当てた。

身体の奥から最後の温かさが抜けていく。兄の頬に色が戻り、目が開いた。

代わりにリゼルの心臓へ、夜鬼の血が満ちた。

幕の中の匂いが変わる。人の汗、恐怖、開いた血管。彼女にはそれらが暗闇の中の灯火のように鮮明だった。

兄が起き上がり、彼女を抱こうとして止まる。

リゼルの肌は灰色へ変わり、両目は黒く、口元から細い牙が覗いていた。

軍医が手首を測る。

「脈がない」

「ある」

リゼルには聞こえていた。胸の中で、人とは違う間隔の鼓動が三つ、重なっている。

助けた三人が彼女の血で生き、彼女だけが敵の血で立っていた。