昼寝の利息
稲城戸健は、五十歳で会社を辞めた。
若い頃から積み立てていた債券の利息と年金が始まるまでの貯蓄で、派手でなければ暮らせる。
退職初日、健は大きな予定表を作った。
朝六時起床、散歩、読書、庭仕事、料理。働かないからこそ規則正しく、と考えた。
三日目で、予定は崩れた。
朝は七時半。散歩は雨。読書中に眠り、庭仕事は昼へずれた。
健は自分へ赤い遅延印を押したくなった。
隣家の中学生が、塀越しに声をかけた。
「毎日休みなのに、何で時計見てるの」
「毎日休みだから、だらけないように」
「昼寝したら?」
「予定にない」
「書けばいい」
健は半分冗談で、午後一時から一時二十分へ〈昼寝〉と書いた。
縁側へ座布団を敷き、横になる。
庭の柿の葉が風に擦れ、遠くで配達のバイクが走る。
二十分で起きるつもりが、一時間眠った。
目を覚ますと、時計は二時を過ぎていた。
最初は失敗だと思った。
けれど頭はすっきりし、朝から気になっていた肩の重さもない。
予定表へ〈六十分実施〉と書く。
赤字ではなく、青いペンにした。
それから健は、昼寝を「利息」と呼んだ。
午前中に少し動いた分、午後に時間が増えて返ってくる。
実際には一時間減っているのだが、起きたあとの機嫌がよいので得をしている気がした。
ある日、中学生が学校帰りに寄った。
「今日も利息?」
「満期になったところ」
健は麦茶と、焼いたさつま芋を半分出した。
皮を割ると、甘い湯気が上がる。
「働いてないのに、おやつ豪華」
「時間を運用している」
「怪しい商売」
二人で笑った。
夕方、健は予定表の空欄を増やした。
散歩は朝か夕方。庭仕事は晴れた日。読書は読みたいとき。
厳密な時刻は、昼寝だけに残した。ただし延長可。
縁側には日に温められた座布団の匂いと、焼き芋の甘い香りが残った。
利息は銀行からではなく、閉じた瞼の裏から静かに戻ってくる。
座布団のへこみは夕方まで戻らず、そこだけ陽の匂いを濃く残していた。
健は明日の午後一時へ小さな丸をつけ、予定どおり寝坊する準備をした。