暗殺者の影を裾留めする
衣裾係エッダの仕事は、幼王の長すぎる礼服を踏まれないよう留めることだった。
重臣たちは彼女を家具同然に扱う。
「式典中は息もするな。針子の顔が記録水晶に映る」
特に摂政は、先王の葬儀から仕えるエッダを疎み、何度も解雇を口にした。
彼女の技能も、歩きにくい服を整えるだけだと思われている。
【固有スキル《裾留め》:動いてめくれる裾を所定の位置へ留め、ずれないよう固定する】
幼王の戴冠式が始まった。先王を失ってまだ十日、少年の膝は礼服の下で震えている。エッダだけがそれに気づき、見えないよう裾を整えながら「転ばせません」と小さく約束していた。
エッダが最後の留め針を確認したとき、玉座の後ろの影だけが風もないのに揺れた。
黒刃衆。影から影へ移り、実体を持つ一瞬だけ首を刎ねる暗殺者だ。
彼女は声を上げたが、摂政は「針子の妄言だ」と衛兵を遠ざけた。むしろ幼王を玉座に一人残し、自分は安全な祭壇側へ下がる。
その動きで、誰が暗殺者を招いたかエッダには分かった。
影が細長く伸びる。
刃の先が幼王の喉へ届くまで、あと一歩。魔術師の光は影を増やすだけで、剣士の斬撃は床を傷つけるだけだった。
エッダは礼服から銀の留め針を一本抜く。
暗殺者の身体は捕まえられない。だが床を滑る影には、歩くたび揺れる裾がある。影世界の奥へ続く、黒い衣の端だ。
彼女は幼王の前へ膝をつき、刃ではなく影の最先端へ針を突き立てた。
黒い裾が大理石へ留まる。
暗殺者は次の影へ移れず、勢いだけが先へ出た。身体が布を裏返すように影から引きずり出され、幼王の足元へ転がる。
その懐から、摂政の印章入り契約書が落ちた。
摂政は証拠を奪おうと走る。
エッダはもう一本の針で彼の長い外套を床へ留めた。前のめりに倒れた男を、戻ってきた衛兵たちが取り押さえる。
幼王は震える手でエッダの袖をつかみ、初めて彼女を役職ではなく名で呼んだ。
【職業《王室衣裾係》が上位職《影縫執行官》へ書き換わりました】